© 士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会
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2024.05.01Interview
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interview #07

冲方丁が提示した『攻殻機動隊』の課題                     ―『攻殻機動隊ARISE』の誕生の裏側と、シリーズが目指す未来― #01

文・音部美穂 撮影・彦坂栄治

4人の監督による劇場版連作スタイルに挑戦した『攻殻機動隊ARISE』(2013年~2014年)。同作すべての脚本を手掛けたのが作家・脚本家の冲方丁だ。原作の発売時から『攻殻機動隊』ファンだったという冲方。執筆時、すでにインターネットが一般的なものとなっていた社会で、未来の社会を表現するためにどんな苦労があったのだろうか。また『攻殻機動隊』シリーズを長く世に残すために意識したことや、シリーズが目指すべき未来についても語ってもらった。

#01 教科書代わりだった『攻殻機動隊』の原作本

――冲方さんが『攻殻機動隊』に最初に接したのはいつですか?

 

冲方丁(以下:冲方) 10代の終わり頃に原作本を読んだのが最初です。もともと士郎正宗さんの作品が好きで、『アップルシード』や『ドミニオン』なども愛読していたんですが、『攻殻機動隊』が発表されたときは、「これは士郎さんの最高傑作だ!」と、ページをめくる手が止まらなかった。サイバーパンクにミリタリー、さらに刑事モノの要素が合体した作品を見たのは初めてで、決して多くはないページ数なのに世界観と事件を濃厚に描いており、その密度の高さに驚きました。当時の僕は作家デビューをしていたとはいえ、まだ勉強中の身。様々な作品を読んで研究しており、「こんな世界を書けるようになりたい」と憧れ、『攻殻機動隊』は何度も読み返した記憶があります。僕にとって『攻殻機動隊』の原作本は、教科書代わりなんですよ。

 

――ではアニメ化され、押井守さんが監督を務めた『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』が公開されたときも、すぐに観に行きましたか?

 

冲方 もともと押井さんの作品の世界観も好きで、『機動警察パトレイバー』シリーズや『天使のたまご』などを熱心に見ていました。大好きな『攻殻機動隊』を押井さんが手掛ける! ということで、もう大興奮ですよ。何度も何度も映画館に通いました。それまでのアニメーションといえば、ある種の“お約束”があって、そのセオリーどおりにキャラクターも成長していくわけですが、この作品は違った。序盤からいきなりヒロインが暗殺するし、彼女は僕らにはまったく理解できない理屈で人生を定義している。それなのにヒロイン自身は自分が人間であるのかどうか確信が持てないまま生きている……という点においても、唯一無二の作品だと感じました。
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の虜になったもう一つの理由は、“空白”です。当時はまだ、アニメ制作にCGを多用できなかった時代でしたから、制作にも限界があり、それが作品をむしろストイックなものにしていたんだと思うんです。一定の要素を抽出し、省くべきところは思い切って省いたことで、空白の部分を観客側が想像することになった。その点が斬新でしたし、未来について考える導線として、この後に続く『攻殻機動隊』シリーズの方向性を決定づけたのではないかと思っています。

 

――『攻殻機動隊ARISE』の脚本執筆のオファーがあったときは、二つ返事で引き受けたのでしょうか?

 

冲方 そうですね。じつは原作モノのオファーは断ることが多いんですよ。自分がその作品に向いていないと感じることもあるし、どうせなら自分のオリジナル作を書きたいという思いもあるので。でも『攻殻機動隊』は断ろうと思えなかった。作家としてこの作品にかなり勉強させてもらったので、恩返しをしたかったから。『攻殻機動隊』というコンテンツが次世代にバトンを渡すために、その役割を自分が果たせたらという思いもありました。

 

――『攻殻機動隊ARISE』では、公安9課結成の前日譚を描いています。このアイディアはどのようにして生まれたのでしょうか?

 

冲方 いやぁ、これが決まるまで大変でしたよ(笑)。スタッフの皆さんには「『攻殻機動隊』とはこういうもの」というそれぞれの意識が強くあり、皆さんが思い描く“『攻殻機動隊』像”が少しずつ異なっているので、アイディアがまとまらない状態が何ヵ月も続いたんです。それで、「全員が納得するためには、過去を描くしかない」と。ちょうど士郎さんからもキャラクターの過去に関する設定が送られてきていたので、ここぞとばかりに、「士郎さんがこのように言っているのだから、過去を描くしかないでしょう!」と説得しました(笑)。

 

――『攻殻機動隊ARISE』は全4話で構成される連作で、それぞれ監督が異なります。シリーズ構成にあたり、意識したことや、総監督の黄瀬和哉さんと相談したことはありますか?

 

冲方 各話の監督は自分の担当分に集中するあまり、他の回とのつながりについてはまったく考慮してくれないんですよ(笑)。だから、わかりやすいコンセプトを提示しておかないと、作品全体がバラバラになってしまう。そのため、黄瀬さんと相談して「見たこともないかわいい素子」「かわいそうなバトー」「カッコいい荒巻」というコンセプトを決めました。未熟な素子が荒巻に従うことになるという構図は、荒巻がカッコよく見えるからこそ成立する。そして、バトーがかわいそうに見えるからこそ、素子についていく理由に説得力が増すと考えたんです。各話の監督には、それぞれが描きたいものを聞き、「希望の要素を物語に取り入れるので、その代わり、全話通して見たときに違和感がないように、キャラクターの描き方は守ってくださいね」と念押ししました。

 

――『攻殻機動隊ARISE』全体を通じて、疑似記憶を植えつける謎のウイルス「ファイア・スターター」を登場させたのはなぜでしょうか。

 

冲方 各話の監督が描きたいものを尊重しながらも、全体としてつながりを持たせるためには、共通のキーワードを提示する必要がありました。人の記憶を直接的に操作する技術は、まだ一般的ではないぶん、目新しさがあるという理由で採用したのですが、プログラムは目に見えないものなので、映像的には表現しづらい。そのため、プログラムが起動してるところなどをCGで大げさに表現するのではなく、肉眼では見えないウイルスのようにじわじわと自分の中に入ってくる様子を表現することになったんです。

 

#02 素子の恋愛を描くことの意味 につづく

 

 

冲方丁 TOW UBUKATA

1977年、岐阜県出身。1996年、早稲田大学在学中に作家デビュー。『天地明察』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞などと受賞。同作および『十二人の死にたい子どもたち』『灰骨』で直木三十五賞候補。アニメのシリーズ構成や脚本執筆においても活躍し、『蒼穹のファフナー』シリーズ、『PSYCHO-PASSサイコパス』シリーズなども手掛けている。