原作者・士郎正宗が語る『攻殻機動隊』 #03
文・ヤングマガジン編集部単行本や副読本などで作品について説明することはあったが、士郎正宗がインタビューという形で『攻殻機動隊』について語ったことは、皆無に等しい。’95年の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』公開時に「ヤングマガジン」誌面で押井守監督と対談をしているが、映画についての話がメインで、マンガのことは語られていない。ヤングマガジン増刊「赤BUTA」の記事も、大半がマンガ家の仕事についてのインタビューで最後にほんの少し作品に触れている程度だ。その後、フランスのGlénat社経由で依頼があったインタビューだが、表現と絵の描き方についての質疑応答なので、マンガの内容については触れられていない。
つまり士郎正宗がマンガ『攻殻機動隊』について、インタビューという形で詳しく語るのは、今回が初めてとなる。作品を描くことになったきっかけから、注目している最新技術まで、30年以上の時を経て原作者自らが『攻殻機動隊』を語った。
#03 これまでもこれからも『ライフゲイム』
――数々の科学技術をエンターテインメントに落とし込んでこられたわけですが、注目されている新しい技術はありますか。
士郎 国内量子コンピューターの中で、愛知県岡崎市の分子科学研究所さんが進めている研究を推しておきます。興味のある方は「日経サイエンス」日本版2023年06号に記事が掲載されているのでバックナンバーを探してみるといいかと思います。
――そのアイディアを作品に落とし込んでいくわけですか。
士郎 あくまで全然意味の異なるでっち上げ妄想の物語ですが、動的な光のグリッドで粒子を整列、任意の場所に置いていく3Dプリンターの究極版みたいなもの(トロス)が登場するときの物語や、異世界ものの魔法陣の構造を光グリッドと術式文字、リング状の格子振動に引っ掛けた物語は用意して持っています。いつ描けるのかはわかりませんが‥‥。いくつか描けないで終わってしまうのがあったら嫌だなと思い、最近はどうやって残すかを考えております。人形使いが逐電し、草薙素子との融合を欲するようになるまでの前半部分はKADOKAWAさんの『紅殻のパンドラ』で描かせていただいておりますが、顛末後半の『GLITCH WITCH』は2008年と2020年に映像化が進みかけましたが、2023年時点では企画が再々冬眠しており、まだ作品として世に出る状態に至っていません。
――そうこうしていると士郎さんの物語世界観を時代が追い越していくようになりますね。
士郎 そうですね、すでにいろいろな技術は超えていっています。それは僕がこう考えたとかではなく、技術者たちが「こういう世界になったらいいな」と言って、かんばって努力して世の中を変えてきてくださっているだけです。そういう方々が技術を世の中に教えてくださるから、「なるほど、おもしろい、作品に描いてみよう」と思うわけです。自分の中からだけでは出てきませんし、エンターテインメントとして作品にすることにも力不足も感じます。
原作マンガにおいて、全物語世界共通のテーマは「蓋然性や合理が内包する普遍性・センスオブワンダーの提供」に極振りしており、一般的に好まれる「悲劇・情動などによる普遍性・共感性を目指す」ということをしていません。また文芸的な意味での感動も教訓もなく、そうしたテーマも追っていません。強いて言えば「人類の行く末はどこへ向かうのか」という問いに対して、『ライフゲイム』によって応えるのがテーマです。そういったことが好きな人に一緒に楽しんでいただけるよう日々努力はしています。
――これまで語っていただいた重厚な設定や魅力的なキャラクターに惹きつけられて、クリエイターさんが新たな『攻殻機動隊』の作品群をつくられ、このサイトをオープンすることになったわけですが、メディア展開された作品をどのように見ておられますか。
士郎 アニメにおいては、シリーズそれぞれに各監督独自のテーマ・ベクトル・着眼点や美学があります。叙情的な演出、娯楽作品としての普遍性・共感性、再構築の試みや様式の再確認など、原作マンガを再現するトレース型ではなく、向かい合って反応するアンサー型という共通点があり、付かず離れず、ゆえに賛否もあるが、振れ幅・多様性があって、それらもまた『ライフゲイム』的かと思います。
ゲームはPS1が原作マンガベース、PS2とオンライン対戦がアニメ『攻殻機動隊 S.A.C.』ベースとなっています。各種小説やアンソロジーコミックもそれぞれ個別に依拠するシリーズが異なっており、多様性を有しています。ゆえに進化系統樹のような関係性を見て、あれこれ楽しむことも可能かと思います。
了
士郎正宗 SHIROW MASAMUNE
漫画家・イラストレーター。1982年にマンガやイラストの分野で活動開始。以降主な作品として『アップルシード』『ドミニオン』(1984年〜青心社)『攻殻機動隊』(1989年〜講談社)『紅殻のパンドラ』(2012年〜KADOKAWA)の原作者。アニメ家としての主な作品は『ブラックマジックM66』。そのほか、ゲームや画集などさまざまな制作分野で活躍。