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攻殻機動隊 押井守インタビュー #2
2024.02.14Interview
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interview #02

押井守が追求した「情報量」と「臨場感」                     ―『攻殻機動隊』映像化の先駆者が目指したもの― #02

文・浅原聡 撮影・平野太呂

1989年に漫画家・士郎正宗の連載が始まった『攻殻機動隊』。映像化の歴史は押井守が手がけた1995年公開の劇場アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』から始まった。同作は日本はもちろん海外での評価も高く、続編となる『イノセンス』も含めて今なお多くのクリエーターに影響を与えている。「映像化するなら自分が向いていると思っていた」と語る鬼才が、『攻殻機動隊』の世界観をアニメーションで表現する貫いたこだわりとは? 制作時の苦労話や名シーンを巡る赤裸々な裏事情を語ってもらった。

#02 臨場感を左右するアニメーターの執念

ーー『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』でトグサが愛用するリボルバーはマテバ社の銃でした。銃器にマテバを採用した背景を教えてください。

 

押井守(以下:押井) 銃器に関しては日本を代表する銃器の専門家に会いに行って、資料を借りたりアドバイスをもらいながら作り込んでいました。マテバは単純に僕が興味を持っていたブランドで、トクザという人間を差別化するにはぴったりだと思ったんですよね。トグサは生身の人間であり、さらに所帯持ちで警察あがりであり、要するに人間側の人間。公安9課の中でも特異なキャラクターであることを表現するために、素子とは違った銃を持たせたかったんです。サイボーグである素子は銃に対して人間臭いフェチがあるわけがなくて、合理的に扱いやすい銃を選ぶはず。そんなことを考えながら一人一人の銃をデザインしていたので、完成まで4ヵ月もかかってしまったのです。

攻殻機動隊 押井守 インタビュー#2 全身 森 緑

 

ーー時間も予算も限られているなかで、どうやってディティールにこだわった映画を実現させたのでしょうか?

 

押井 手を抜ける部分はとことん抜いているんだよ。空を飛んでいる飛行機なんて本当にいい加減で、僕がパパッと描いた落書きがベースだからね。あれは現実の旅客機とは違うことが伝わればいいわけだから。公安9課に関しても、建物の外観は1カットも出てこないからね。エレベーターと廊下と部屋しか出てこなくて、それも軍艦の構造を参考にして狭い空間にしているんだよ。狭くすればアニメーターの負担も減らせるからさ。

 

ーーキャラクターデザインに関しては、リアリティを追求するために原作漫画から変えた部分はありますか?

 

押井 そこは素子に尽きるよ。公安9課って、荒巻もバトーもイシカワもサイトーも、みんなリアルなオヤジとして描かれているんだけど、素子だけはお人形の顔をしている。首が異様に細かったり、胸が大きかったりする。他のオヤジたちはガチガチの骨格をしているのに、女の子に関しては頑にリアルにしないことが士郎さんの特徴ですよね。そういう抽象的な表現も漫画であれば馴染むのですが、アニメの場合は一人だけ他の作品のキャラが交じっているように見えてしまうリスクがある。だから素子は変えざるをえないし、変えるべきだと思っていました。銃を撃ちまくって格闘にも秀でた戦う女なのだから、それなりの肩幅をとり、筋肉質にして、ライフルを構えやすいように胸を小さくして、顔もちょっとリアルにしました。

攻殻機動隊 押井守 インタビュー#2 横顔

 

ーー素子のデザインを変更することについて、アニメーターチームからスムーズに理解を得られたのでしょうか?

 

押井 胸を小さくすることに文句を言っていたヤツもいるよ。ただ、事前にアニメーターをグアムの射撃場に連れていって、実弾を撃つ経験をさせたことがよかったと思う。銃を撃った瞬間、身体にどれだけ反動があるか? それを自分の身体で理解しないと銃撃戦に相応しいリアルなキャラクターは描けないよね。初心者は音の大きさに耐えられなくて30分で根をあげると思うけど、作画監督の黄瀬は日が暮れるまで撃ちまくっていた記憶があるな。手首を消耗するからアニメーターに射撃はオススメしませんけど(笑)

 

ーー最初に映画化の打診があってから公開まで、どれくらい時間の猶予があったんですか?

 

押井 制作期間は10ヵ月もなかったんじゃないかな。映画の公開日が決まっていて、あれこれと試行錯誤している余裕がなかったから、舞台のモチーフにする場所は香港でいくことしか考えていなかった。現地取材ではヘリコプターや船を出して、いろんな角度から香港を見ました。その途中で、たまたま夕方に東南アジア特有のスコールが降ったんですよ。歩いていた道路が一瞬で川になって、その景色を見た瞬間に「これでいこう!」と思いました。街に水路を張り巡らせておけば、自動車をたくさん登場させなくて済むからね。アニメーションで多種類の自動車を動かすことって、本当に大変なんだよ。

攻殻機動隊 押井守 インタビュー#2 腕組み

 

ーープロットは押井さんが自分で起こしたんですよね。

 

押井 どうせ脚本はギリギリまであがってこないわけだから、作業の基準となるプロットは自分で起こします。大まかなプロットは依頼されてから1ヵ月ぐらいでできていたかな。何を割愛して、何を残すのか? 足し算や引き算、掛け算や割り算を最初に自分でやるわけだよね。そのため原作漫画を20回は読み直したと思うし、 使えるセリフは全部引っ張り出しました。映画って、そういう最初の準備が一番大変で、一番大事。わざわざ香港まで行ったのも、アニメーターの作業を大幅に削減するためにスチール写真を膨大に用意することが大きな目的のひとつでした。だから劇中には、レイアウトがほぼスチール写真のまんまみたいなカットがいっぱいあるんだよ。

 

ーー押井さんがレイアウトに強いこだわりを持っていたのは有名な話で、アニメーターはカメラのレンズの画角を反映した遠近法に忠実に背景と人物を描くことが求められました。その理由を教えてください。

 

押井 結局、レンズを通した絵にしないと臨場感が生まれないんだよ。パースの正確さを追求しても絵画になってしまう。最近は3Dで厳密にレンズを再現するツールもあるけど、やっぱりこちらの狙いがわかっているプロのカメラマンの目線で撮ったものじゃないとダメ。だから僕も毎回、自分の目に近いカメラマンに同行してもらっていました。そもそもアニメーターがなんでも描けると思っていたら大間違いで、自分の目で見た造形じゃないと描けないのよ。でも撮影したスチール写真をそのまま使うわけじゃなくて、気象条件や季節を変えて使っていましたね。足したり引いたりするのは絵ならお手のものだから。とにかく僕は臨場感を基準にしていたね。それこそ今は雨や霧も3Dで簡単に作れる時代になっているけど、それだとどうしても計算された表現になってしまうから、僕はアニメーターの執念に任せるべきだと思っている。

攻殻機動隊 押井守 インタビュー#2 正面

 

ーー実写でも3Dでもなく、手描きの線でしか出せない臨場感があるわけですね。

 

押井 『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の劇中で素子の肌が剥げていくシーンがあるけど、あれこそアニメーターの執念だと思っている。あれは送り書きだから、1枚描かないと次の1枚が描けないんだよ。そんな狂気的なこと、沖浦しかやらないよね。アニメって机の上で絵を描いているから身体性からほど遠い表現だと思われているけど、実はものすごく身体性の強い表現なんですよ。皮膚が剥がれて舞い上がる感じとか、生身のアニメーターが手で描かないと絶対にできない。CGの計算で生まれる絵とは根本的に違う。人間って、手で描きながら無意識のうちに美しい線を探しているんだよ。AI に学習させれば、それに近いものは生成できると思うよ。でも結局、どっかで見たものにしかならない。AIが作ったグラビアアイドルとか、パーツはすべて美しいけど、ひとつにまとまると、まるで人間に見えない。

 

ーー人間が本能的に美しいと感じるバランスは、人間の手でしか描けないということでしょうか。

 

押井 やっぱり一流のアニメーターは、何を描いても無意識のうちに美しいバランスを探すんだよね。それって、技というより身体の表現なの。作り手の人生経験がそのまんま出てくる。だからおもしろいんだよ。だから『イノセンス』も背景はCGで作ったものの、最終的に表現のクオリティを引き上げてくれたのはアニメーターの執念ですよ。ただ、今は人手が減っていて、現場も高齢化しているから、もう当時と同じことはできないよね。師匠クラスの人たちは、もう長丁場の現場で徹夜できないから。若手も飛行機にも乗ったことがなかったり、車を運転したことがない子も増えているから、昔は当たり前に描けていたことが、どんどんできなくなってきている。そこが悩ましいところだよね。

 

#03 サイボーグを通して人間を描きたい につづく

 

 

押井守 MAMORU OSHII

1951年8月8日生まれ。東京都出身。東京学芸大学教育学部卒。1977年、竜の子プロダクション(現:タツノコプロ)に入社。スタジオぴえろ(現:ぴえろ)を経てフリーに。主な監督作品に『うる星やつら オンリー・ユー』、『天使のたまご』、『機動警察パトレイバー the Movie』など。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』はアメリカ「ビルボード」誌セル・ビデオ部門で売り上げ1位を記録。『イノセンス』はカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された。<・blockquote>