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KODANSHA
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2024.03.06Interview
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interview #03

声優・田中敦子から見た草薙素子の本質                    ―未知の存在から一心同体の“相棒”へ― #02

文・浅原聡 撮影・下屋敷和文

2023年11月、Netflixシリーズ『攻殻機動隊SAC_2045』シーズン2を再構成した劇場版第2弾『攻殻機動隊SAC_2045 最後の人間』が公開された。本作で主人公・草薙素子の声を演じているのは、作品のファンから“少佐”の愛称で親しまれている田中敦子。1995年の映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』から、四半世紀以上にわたり全身義体の素子に命を吹き込んできた存在だ。謎めいた部分が多いキャラクターを、どのように解釈していたのか? 出会った頃の印象や最新作で実感した変化まで、相棒との歩みを振り返ってもらった。

#02 田中敦子、義体化計画を検討

ーー田中さんは『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で素子に出会い、シリーズが変わった『攻殻機動隊 S.A.C.』ではどんな変化を意識していましたか?

 

田中敦子(以下:田中) 最初の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は、押井監督が「経験豊富で達観した女性」をイメージしていて、そこに近づけるように試行錯誤していました。『攻殻機動隊 S.A.C.』では、神山監督が若い頃の公安9課を描きたいと話されていたので、ちょっと熱血漢で、ひとつひとつの事件に情熱的に向き合っていく素子にしたいと思っていました。刑事ドラマ『太陽に吠えろ』みたいなイメージですね。神山監督とのお仕事は初めてでしたが、私が出演した映画『WXIII 機動警察パトレイバー』と神山さんが監督を務めた『ミニパト』が同時上映されるイベントがあって、そこで会話をさせていただき、人柄などは知っていたので、『攻殻機動隊 S.A.C.』でもスムーズにコミュニケーションすることができたと思っています。

 

ーー最新作の『攻殻機動隊SAC_2045』シリーズで久しぶりに素子を演じるうえで、新たにチャレンジしたことはありましたか?

 

田中 今回、これまでと一番大きく変わったのはモーションキャプチャーによる3DCGになったことです。二次元のアニメーションに声をあてるというよりは、実写の映画やドラマの吹き替えをする感覚で収録に挑みました。それは私以外のキャストも同じだったのではないかと思います。その違いを説明するのは難しいのですが、私の場合だと、二次元の作品は台本から得られる情報をベースにした演技が中心になります。一方、映画やドラマの場合は俳優さんが動いてアクションをしていますし、細かな表情の変化からもインスピレーションを受け取れるので、それらを汲み取って自分の演技プランに盛り込んでいく。『攻殻機動隊SAC_2045』も、そんなアプローチで素子の声を吹き込みました。

 

ーー素子のキャラクター像は田中さんの中でアップデートさせた部分はありますか?

 

田中 物語に合わせて微調整した部分はあると思いますが、基本的には変わっていないと思います。劇中においても、屈強な男たちを率いて戦うリーダーという設定は『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の頃から変わっていないので、毎回、それに相応しいタフでクールな女性をイメージして演技することを心がけてきました。とはいえ、久しぶりに素子を演じることに不安がなかったわけではありません。テレビシリーズの『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』の最終話を振り返ると、公安9課が揃って「桜の24時間監視」(という任務に見せかけた花見)をしていて、そこから素子だけが違う道に進んでいきますよね。彼女の中では「個別の11人」事件の結末が重くのしかかっていて、どこか重苦しい雰囲気でシリーズが終わりを迎えました。そこから新たにどんな物語が始まるのか想像できなくて、ソワソワしながら収録に挑んだのですが、『攻殻機動隊SAC_2045』の第1話が明るい雰囲気で始まって。西海岸の青空の下で素子がビールを飲んでいるシーンだったので、私自身も自然と晴れ晴れとした気持ちになりました。

 

ーーこれまで素子と一緒に歩んできた旅を振り返って、特に思い入れの強いシーンやセリフを教えてください。

 

田中 最新作である劇場版『攻殻機動隊SAC_2045 最後の人間』のラストシーンのセリフですかね。実はNetflixシリーズのラストからセリフの変更があって、録り直しをしているんですよ。

 

ーー多様な解釈ができるラストだと思いますが、田中さんは素子のセリフに希望を感じましたか?

 

田中 どのシリーズでも素子は最後に大きな決断を求められるキャラクターなんです。そして、彼女自身はどちらを選んでも生きられる存在で、それは今回も同じです。みんなが“N”になってシマムラタカシが理想とする世界を生きることもできるし、現実の社会を生きることもできますからね。だから達観しているのかもしれませんが、心の奥底では世の中の人たちが幸せであることを願っていて、それを実現するための選択をしているのだと思います。他者の幸せを願っているからこそ、事件と対峙して悪と戦うわけですし、素子が希望を失うことはないと思います。『最後の人間』で再編集されたラストを見て、改めて素子との本質に触れることができた気がします。

 

ーー『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の頃は手探りで素子の声を演じられたと思いますが、今、田中さんにとって素子はどんな存在ですか?

 

田中 30年以上声優という仕事をしてきている中でかけがえのない存在ですし、素子がいなければ自分は今ここにいないと思えるくらい大切なバディです。振り返るとずいぶん長い間、素子を演じさせていただいていますが、私は実生活では“少佐”と呼ばれるようなタイプではないんですよ。初対面の人にはびっくりされてしまうことが多いです。これまでいろんな役を演じてきましたが、草薙素子に関しては、なんだか“降りてくる”感覚があるんです。素子が降りてきて、私の身体にシンクロして喋っている。だから普段の自分とはかけ離れた表現ができるのではないかと。

 

ーー「降りてくる」という感覚は、いつ頃から実感するようになりましたか?

 

田中 最初の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の時は、謎めいた存在である素子に近づくことに必死で、あまり気持ちに余裕が持てず、がんばって素子を演じているような感じでした。『攻殻機動隊 S.A.C.』の頃にはそれなりに素子が身体に馴染んでいたと思いますが、それでもまだがんばって素子を降ろしていましたね。作品のテイストに合わせて、私も熱血になっていたのかも。そして今回は、私も年齢を重ねましたし、これまでのようにガムシャラに素子に近づこうとするのではなく、自然に素子に寄りかかることができたと思います。

 

ーー四半世紀以上にわたるつき合いで一心同体になったわけですね。この先も50年は新作で活躍する草薙素子=田中敦子が見たいです。

 

田中 そうですね。ご期待に応えられるように、脳だけ残して全身を義体化することを検討したいと思います(笑)。『攻殻機動隊』は『最後の人間』でいったん結末を迎えたかもしれません。でも、皆さんがネットを通じて『攻殻機動隊』にアクセスするとき、公安9課は、私たちは、いつでも皆さんの側にいます。

 

 

田中敦子 ATSUKO TANAKA

声優。群馬県出身。アニメでは『攻殻機動隊シリーズ』草薙素子役、『名探偵コナン』メアリー世良・萩原千速、『呪術廻戦』花御など担当。吹き替え出演はニコール・キッドマン、ケイト・ブランシェットの吹き替えなどを務める。2020年、第14回声優アワード外国映画・ドラマ賞を受賞。