© 士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会
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KODANSHA
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2024.04.03Interview
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interview #05

“第4の攻殻”を生んだ黄瀬和哉の矜持                     ー作画マン・総監督として尽力してきたことー #01

文・浅原聡 撮影・グレート・ザ!歌舞伎町

全身を義体化したサイボーグだが、人型のロボットではない。草薙素子という謎めいた生命体に、クオリティの高い作画で”生々しさ”をもたらせてきたのが黄瀬和哉だ。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』と『イノセンス』では作画監督を務め、両作で指揮を取った押井守がリアリティを追求するために欠かせない存在として活躍。総監督を任された『攻殻機動隊ARISE』シリーズでは、大胆な素子の若返りを決行して作品の新たな魅力を引き出した。
誰よりも素子に向き合ってきたクリエイターの1人だが、本人は淡々とした口調で「オッサンを描くほうが好き」と語る。指先はマジシャンのように器用でも、インタビューでは嘘をつけない様子。『攻殻機動隊』との出会いから、作画マンや総監督として直面してきた苦労、そして現代のアニメシーンについて思いの丈をじっくりと語ってもらった。

#01 好きなシーンを語るのは難しい。でも……

――1987年に発売されたOVA『ブラックマジック M-66』から士郎正宗原作のアニメに作画マンとして携わっていた黄瀬さん。その後、新たに連載が始まった『攻殻機動隊』を読んだときの第一印象を教えてください。

 

黄瀬和哉(以下:黄瀬) 『攻殻機動隊』は単行本が出たタイミングですぐに買って読みました。率直な感想は「難しくてよくわからない」でしたね(笑)。コマの枠外に専門用語の註釈がびっしりと書いてあるんだけど、そこにも初めて目にするような専門用語が並んでいるから、謎が深まるばかりで。デジタル技術に関する概念を理解することに苦戦した記憶があります。

 

――士郎さんは『ブラックマジック M-66』でアニメ版の監督、脚本も務めています。作品に膨大な情報を詰め込む姿勢は制作現場でも見られましたか?

 

黄瀬 そうですね。士郎さんは絵コンテを自分で用意されたのですが、そこにも余白に補足情報が山ほど書いてありました。キャラクターデザインの背景や人物像に関することが、画面作りに直結しない範囲まで細かく綴られていましたね。だから『攻殻機動隊』の密度も士郎さんらしいと思いましたが、あの時代に複雑なネットの概念を漫画に落とし込む手腕はさすがだと思いました。

 

――そもそも黄瀬さんにとってSFは好きなジャンルだったんですか?

 

黄瀬 当時はサイバーパンクがブームで、学生時代の友達はMacを買って自分でプログラミングしながらゲームを作っていましたね。僕には何をやっているのかまったくわからなかったし、自分の手でテクノロジーに触れることに関しては興味がなかった。でも、流行りのSF小説は読んでいました。そもそも子どもの頃から絵を描くことが好きで、その興味関心がアニメに寄ったのはテレビで『宇宙戦艦ヤマト』(1974〜1975)を見たことがきっかけです。当時はアニメ専門誌が出てきたタイミングで、アニメ制作の現場に関する情報が届くようになって、どんどん興味を持つようになりましたね。

 

――『攻殻機動隊』は1989年に原作の連載がスタートしてから、たくさんのアニメシリーズが生まれて今も世界中のファンに親しまれている作品です。シリーズを跨いでアニメ制作に携わってきた黄瀬さんから見た『攻殻機動隊』の魅力とは?

 

黄瀬 主人公の素子が、歳をとらない。その影響が大きいんじゃないかな。

 

――素子は脳と脊髄の一部を除く全身を義体化しているサイボーグだから、時代が変わっても事件の最前線で戦えるということですかね。

 

黄瀬 そうですね。サイボーグだからずっと現役でいれるし、公安9課はテクノロジーのエキスパート集団という設定ですよね。そのベースがあるからこそ、どれだけ現実の世界で技術が進化しても、その一歩先を行くようなワクワクする要素を取り入れて新作を生み出し続けることができるんだと思います。

 

――”攻殻”の初心者に入門編としてオススメの作品はありますか?

 

黄瀬 アニメ作品が制作された順番通りにチェックすると最初は『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』ですが、何も知らない初心者の状態で独特の“押井節”を堪能できるかな……そこは未知数ですね(笑)。であれば、テレビアニメの『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』から入ったほうがわかりやすいかもしれません。1話30分でコンパクトにまとまっているし、「お茶の間に”攻殻”を広める」ことをテーマに作られているので、導入にはちょうどいいのではないかと。まあ、どのシリーズもおもしろい作品に仕上がっているので、あまり順番は気にせず、1本でも観ていただけたらハマっていただけると思います。

 

――原作漫画がスタートした頃に比べると、今は誰もがネットを使いこなしていますし、電脳通信など『攻殻機動隊』特有の概念も初見からすんなり理解できるかもしれませんね。

 

黄瀬 うん。1980年代にハッカーの知識を書かれてもピンとこないし、携帯電話も持っていないのにネットの話をされてもわかるはずがない。でも僕も含めて一般人のITリテラシーが上がっている今なら、原作漫画もリアリティを感じながら楽しめるのではないかと思います。

 

――原作をアニメ化するうえで、描き手として苦労された部分とは?

 

黄瀬 サイボーグや光学迷彩に関しては、その概念自体は『攻殻機動隊』の前からあったわけだし、なんとか想像を膨らませながら描くことができるんですよ。でも電脳化だけはわからなかった。1960年代に作られた『サイボーグ009』でも身体の機械化はされていたけど、脳がネットにつながる表現は前例がなかったと思うので。最初はどうやって描けばいいのかわからなかったですね。

 

――ご自身が携わった作品の中で、特に思い入れが強いシーンを教えてください。

 

黄瀬 毎回、『攻殻機動隊』はすごく大変な仕事で、苦しさを味わいながら作るので、好きなシーンを素直に語るのが難しい……。強いて言うなら、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のオープニングかな。ラボの中でサイボーグの身体が組み立てられて、少しずつ素子の姿になっていく。あそこは、ほとんどの部分をキャラクターデザイン担当の沖浦(啓之)がやっているのですが、今見てもうまいと思いますし、引き込まれてしまいますね。

 

――ビルから飛び降りながら光学迷彩で姿を消す素子も描かれていますし、『攻殻機動隊』の世界観が凝縮されているオープニングですよね。当時、黄瀬さんがアニメーターとして描いていて楽しかったキャラクターは?

 

黄瀬 素子、ではないかな。公安9課のおっさんを描くほうが楽しかった。僕はアニメアールという制作会社でキャリアをスタートして、そこの社長の谷口守泰さんはおっさんを描く名手だったんですよ。自然と僕もかっこいいおっさんを描きたいと思うようになりました。だから『攻殻機動隊』では、ほぼ生身の人間であるトグサが好きでしたね。素子と違って喜怒哀楽がわかりやすいキャラクターだったから、描いていて飽きないんですよ(笑)

 

#02 押井守からの指令「PPPK」の正体 につづく

 

 

黄瀬和哉 KAZUCHIKA KISE

1965年3月6日生まれ。大阪府出身。高校卒業後、アニメアールに入社。『赤い光弾ジリオン』などで作画監督を務めた後、『機動警察パトレイバー the Movie』を機にProduction I.Gへ移籍。劇場アニメ『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』、『君の名は。』などの大ヒット作品に作画監督として参加したほか、近年はテレビアニメ『火狩りの王』、『天国大魔境』などに携わる。現株式会社プロダクション・アイジー取締役。