© 士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会
© Shirow Masamune, Production I.G/KODANSHA/GITS2045

KODANSHA
FEATURE_
2024.04.03Interview
SHARE
interview #05

“第4の攻殻”を生んだ黄瀬和哉の矜持                     ー作画マン・総監督として尽力してきたことー #02

文・浅原聡 撮影・グレート・ザ!歌舞伎町

全身を義体化したサイボーグだが、人型のロボットではない。草薙素子という謎めいた生命体に、クオリティの高い作画で”生々しさ”をもたらせてきたのが黄瀬和哉だ。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』と『イノセンス』では作画監督を務め、両作で指揮を取った押井守がリアリティを追求するために欠かせない存在として活躍。総監督を任された『攻殻機動隊ARISE』シリーズでは、大胆な素子の若返りを決行して作品の新たな魅力を引き出した。
誰よりも素子に向き合ってきたクリエイターの1人だが、本人は淡々とした口調で「オッサンを描くほうが好き」と語る。指先はマジシャンのように器用でも、インタビューでは嘘をつけない様子。『攻殻機動隊』との出会いから、作画マンや総監督として直面してきた苦労、そして現代のアニメシーンについて思いの丈をじっくりと語ってもらった。

#02 押井守からの指令「PPPK」の正体

――黄瀬さんは1989年の『機動警察パトレイバー the Movie』で作画監督を務め、それが押井守監督と初めて仕事する機会だったと思います。その後、Production I.Gに移籍して『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』に関わることに。当時の率直な心境を教えてください。

 

黄瀬和哉(以下:黄瀬) あの頃は『機動警察パトレイバー 2 the Movie』の制作が終わったばかりで、他に仕事がなかったし、逃げられなかったんですよ。押井さんの企画に参加すると、また沖浦(啓之)と一緒に作画することになりそうで、そこにゲンナリしましたね(笑)。あいつのキャラクターや原画は難しいので、楽しむ余裕なんてありません。案の定、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の制作期間は自分の絵を沖浦のレベルまで持っていくことで精一杯でしたね。

 

――絵のタッチ、構図、線の質など、絵のうまさにもいろんなベクトルがあると思います。黄瀬さんもファンからは“神”と呼ばれるレベルのアニメーターですが、沖浦さんのどんな部分に凄さを感じていたんですか。

 

黄瀬 沖浦の場合は“捉え方”がうまい。何を描いても形がめちゃくちゃ正確で、絵にリアリティや立体感があるんです。まあ、やりづらいですよ。おまけに『攻殻機動隊』は達観した大人のキャラクターばかりだし、もともと押井さんは無表情を好むので、同じ顔をずっと描かされたので、それも辛かったですね。『パトレイバー』には若々しいキャラもいたから、息抜きができたんですけど。

 

――これまで黄瀬さんが影響を受けた描き手を教えてください。

 

黄瀬 それはもう、いろんな人から影響を受けてますよ。結城信輝さんからもらったもの、小松原一男さんからもらったもの、沖浦から盗んだもの……たくさんのうまい人から寄せ集めが僕の絵です(笑)。「これが自分のオリジナルだ」と思える要素がないんですよね。子どもの頃や学生時代は周囲に褒められて調子に乗っていたけど、業界に入って上には上がいることを知りました。

 

――押井さんは銃撃戦のリアリティを追求するために、制作が始まる前にアニメーターチームをグアムまで引き連れて行って射撃を体験させたそうですね。

 

黄瀬 射撃は単純におもしろかったですよ。銃を握るのは初めてでしたが、「これで人が死ぬんだな」と思うと怖かったです。しかも、観光客の中には銃を握りながらお尻を掻いて、そのまま発砲しちゃう人もいるらしくて、そんな話を聞かされたので最初はビクビクしていました。ただ、火薬が爆発する音や、手首や肩に響く衝撃を知ることができたのは大きな収穫でしたし、その体験は少なからず作画に反映されていると思います。

 

――『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』はスケジュールも予算も厳しかったそうですが、過酷な環境でも描きながらワクワクするようなシーンはなかったのでしょうか?

 

黄瀬 う〜ん……ないですね(笑)。押井さんはレイアウト・システムにこだわっていて、原画作業の前に、大きな紙に各カットの背景と人物を同一のパースで精密に描くことが求められました。劇場版ということもあって、『機動警察パトレイバー the Movie』の頃から「できる限り情報を入れて画面の密度を上げてくれ」と言われていましたね。そういうレイアウトを作るためには、いちいち定規でパースをとりながら作業する必要があるので、とにかく面倒でした。今ならデジタルでパースが取れるし、似たような背景はコピーして使えるから、昔と比べると随分と作業がラクになっていると思いますけど。

 

――——苦労して作ったレイアウトに押井さんから修正が入ることも?

 

黄瀬 押井さんはローアングルを好んでいたので、レイアウトをチェックした後に「もう少しカメラを下げて」と言われることが多かったかな。カメラを下げて広角のレンズを使うと空間を広く取れるから、画面に奥行きが出やすいんです。

 

――——ちなみにWikipediaには、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の制作中、作業に疲れた黄瀬さんがゲームセンターに逃げ出したというエピソードが書かれています。もし嘘の情報なら訂正してください。

 

黄瀬 いや、本当ですよ。当時、スタッフの間で格闘ゲームの『バーチャファイター』が流行って、よく仕事の合間にゲームセンターに行っていたんですよ。押井さんと対戦することもありましたが、あの人はいつも同じキャラを使って同じ必殺技を出してくるので、余裕でガードして投げ飛ばしていました。で、押井さんは『攻殻』の絵コンテにも格闘ゲームのコマンドを書いてくるんですよ。表現したい動きを「PPPKみたいな感じで」と伝えてくる。それに関しては「さすがによくわかりません」って言いました(笑)

 

――——『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の格闘シーンといえば、光学迷彩を使った素子が水辺でテロリストを制圧するシーンが有名ですよね。

 

黄瀬 そうですね。パンチやキックが見えなくても、水しぶきを使って躍動感を表現できる。あれは押井さんのアイデアだったと思いますが、光学迷彩というアイテムの上手な見せ方でしたよね。一応、あのシーンも素子のアクションは輪郭を全部描いているんですよ。それこそ、PPPKみたいな動きを。シルエットがぼんやりとわかるように塗るのが大変だったと思いますが、あそこはアニメーターの川崎博嗣さんががんばってくれました。巨匠たちも年齢を重ねていらっしゃるし、僕ももう徹夜はしたくないから、「もう一度作れ」と言われても、絶対に断ります(笑)

 

#03 「無音の仮映像でも伝わるアニメ」を目指して につづく

 

 

黄瀬和哉 KAZUCHIKA KISE

1965年3月6日生まれ。大阪府出身。高校卒業後、アニメアールに入社。『赤い光弾ジリオン』などで作画監督を務めた後、『機動警察パトレイバー the Movie』を機にProduction I.Gへ移籍。劇場アニメ『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』、『君の名は。』などの大ヒット作品に作画監督として参加したほか、近年はテレビアニメ『火狩りの王』、『天国大魔境』などに携わる。現株式会社プロダクション・アイジー取締役。