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KODANSHA

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2024.04.03Interview
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interview #05

“第4の攻殻”を生んだ黄瀬和哉の矜持                     ー作画マン・総監督として尽力してきたことー #03

文・浅原聡 撮影・グレート・ザ!歌舞伎町

全身を義体化したサイボーグだが、人型のロボットではない。草薙素子という謎めいた生命体に、クオリティの高い作画で”生々しさ”をもたらせてきたのが黄瀬和哉だ。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』と『イノセンス』では作画監督を務め、両作で指揮を取った押井守がリアリティを追求するために欠かせない存在として活躍。総監督を任された『攻殻機動隊ARISE』シリーズでは、大胆な素子の若返りを決行して作品の新たな魅力を引き出した。
誰よりも素子に向き合ってきたクリエイターの1人だが、本人は淡々とした口調で「オッサンを描くほうが好き」と語る。指先はマジシャンのように器用でも、インタビューでは嘘をつけない様子。『攻殻機動隊』との出会いから、作画マンや総監督として直面してきた苦労、そして現代のアニメシーンについて思いの丈をじっくりと語ってもらった。

#03 「無音の仮映像でも伝わるアニメ」を目指して

――作画監督を務めた『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)と『イノセンス』(2004年)を経て、『攻殻機動隊ARISE』(2013〜2014年)で総監督を引き受けた経緯を教えてください。

 

黄瀬和哉(以下:黄瀬) 率直に言うと、会社の社長(石川光久)に騙されたんですよね。飲み屋で「次の仕事があるんだけど、“やる”と言ったら教えてあげる」と言われて、好奇心に負けて“やる”と言ってしまった感じで。そして作品名を聞いて、後悔しましたね……まさか『攻殻機動隊』をもう一度やるとは思っていなかった。『イノセンス』で素子がいない世界を描いた後だったから、どこかで「もうネタ切れだろう」と思っていたんです。

 

――黄瀬さんとしては無茶ブリだったわけですね。素子と公安9課の前日譚という『ARISE』シリーズの設定は最初から決まっていたんですか?

 

黄瀬 そうですね。たぶん事前に士郎さんとの話し合いがあって、素子が公安9課で自分の部隊を作るまでのエピソードがプロットにまとめてあったんですよ。これまでとは違った素子を描けることを知って、ちょっと前向きになれたことを覚えています。役割も総監督で、石川さんからは「良し悪しを判断するだけでいい」と言われました。「それなら……(やります)」と。ただ、それだと暇そうだし、キャラクターデザインは自分で担当することにしました。

 

――素子の髪型が前髪パッツンに変更されたことは、新シリーズの幕開けをわかりやすく伝える仕掛けだったと思います。作品の世界観を熟知しているとはいえ、相当な覚悟が必要な決断だったのでは?

 

黄瀬 素子の見た目を若返らせたかったのですが、さじ加減が難しかったんですよね。それまでのベースを大きく変えてしまうと、素子に見えなくなってしまうので。なかなか打開策が浮かばなかったのですが、たまたま電車の中で前髪パッツンの女の子を見て「ありかも」と思いました。当時、宮崎あおいさんや蒼井優さんの影響で前髪パッツンの時代が到来しつつあったし(笑)

 

――制作陣には『攻殻機動隊』に愛着を持っている関係者が多かったと思いますが、大胆なキャラクターデザインの変更に反発する声はなかったんですか?

 

黄瀬 ご想像の通り、なかなか意見がまとまらない場面も多かったのですが、素子の前髪に関しては驚くほどすんなり通りましたね。士郎さんからダメ出しされることもなかったです。他にも部長の荒巻大輔が黒髪に変わっているのですが、おっさんの頭髪具合なんて誰も興味がない様子でした(笑)

 

――制作が発表された当時は、声優のキャストが刷新されたことに関しても賛否両論が巻き起こったのではないかと思います。

 

黄瀬 そこはファンから猛烈にバッシングされました。僕としては、オリジナルキャストだと声が落ち着き過ぎてしまうと思ったんですよね。批判は覚悟していましたが、新たな声優さんにはのびのびと演じてほしかったので、「border:1 Ghost Pain」の収録が始まったときにアナウンスしたんですよ。「すべての責任は僕にあるので大丈夫です。安心して収録に挑んでください」って。結果的に、みなさん若さを表現しながらもキャラクター像が崩れない範囲で演じてくださって、意外なほど違和感が出なかったと思います。

 

――『ARISE』は全4部ですが、黄瀬さんは「border:3 Ghost Tears」で監督、作画監督も兼任されています。すべてのアニメリーズの中で、素子の恋愛をしっかりと描いているほぼ唯一のエピードですよね。

 

黄瀬 素子の恋愛は原作漫画でも断片的にしか描かれていないし、テレビシリーズの『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を手掛けた神山さんもあまり触れていなかったので、誰もやっていないなら自分がやりたいなと。手がかりが少ないからこそ、脚本の冲方さんは悩んでましたよ(笑)。僕が気をつけていたのは、生々しい表現を避けること。安直に性的な描写を入れるのではなく、素子と恋人の関係性や距離感を丁寧に見せたいと思っていました。

 

――特に思い入れの強いシーンを教えてください。

 

黄瀬 「border:3 Ghost Tears」の冒頭で、素子がバトーのゴースト侵入キーを使って体を操り、自分の顔を殴らせる(軽薄な発言に対する制裁)シーンかな。原作漫画ではちょこちょこ出てくるのですが、ああいうギャグに振ったシーンは他のアニメシリーズではやってこなかったはず。自分が監督を務めるのなら、士郎さんのコミカルな部分も表現したいと思っていたんです。

 

――『攻殻機動隊ARISE』の1作目が劇場で公開されてから10年経ち、次々とヒット作が生まれています。昨今のトレンドで気になることはありますか?

 

黄瀬 「みんな、そんなに現世が嫌いなの?」って思うような物語が多すぎますよね。転生モノばかりが作られていることが不思議です。最近は自動販売機に生まれ変わる作品まで出てきて……さすがに唖然としちゃいました(笑)。アニメに関しては、地に足のついた作品が少なくなってきた印象ですね。

 

――『攻殻機動隊』も最初にアニメ化された頃は”ぶっとんだ作品”だったと思いますが、黄瀬さんの中で「地に足のついた作品」とは?

 

黄瀬 『攻殻機動隊』は電脳とサイボーグという要素はファンタジーですが、他は生身の人間と条件は一緒なんですよ。魔法も使えないし、魔物も出てこないし、レベル上げという概念もありません。最近のアニメは、固有のインターフェースがあるわけでもないのに、空間をタップするだけで目の前にレベルメーターが表示されたりしますよね。僕が年寄りだからかもしれないけど、「どういうことなの?」って思ってしまう。どうも納得できないんですよね。

 

――異世界のファンタジーを描いているとはいえ、リアルとかけ離れた表現に違和感を抱いてしまうわけですね。10年前と比べると3DCGのアニメが増えたと思いますが、クオリティに感心する瞬間もありますか?

 

黄瀬 決して3DCGが嫌いなわけではないですが、あんまり僕の趣向には合わないかな。個人的には、アクションフィギュアなどを使ったコマ撮りの映像が好きです。よくTwitterで見かけますが、本当にうまいですよね。一方で、最近のアニメのアクションは動きが早すぎて何をやっているかわからないんですよ。攻撃の重さとか……リアリティを感じない。そもそも、ダメージを受けても死なないから、痛そうに見えない。派手なアクションを描くことが目的で、相手を倒すための戦いとして描かれていない感じがしてしまいます。

 

――『攻殻機動隊ARISE』は「border:1 Ghost Pain」で素子の肉弾戦があり、拳と拳がぶつかって手首がひしゃげたり、肘の関節が引きちぎられる様子が描かれています。全身をほとんど義体化したサイボーグ同士の戦いでも痛そうに見えるし、目を背けたくなるような生々しさがありますよね。

 

黄瀬 僕がアニメーションでずっと目指しているのは、まだ音の入っていないラッシュフィルムでも五感を刺激できる絵になっていることです。セリフや効果音がなくても、キャラクターの息づかいや打撃の音が聞こえてきたり、痛みや香りが伝わってくることが理想。ですが、まだまだ自分がそこに達しているとは思いません。過去の作品を見返すと自分の絵にダメ出しをしたくなってしまうから、あんまり見たくないんですよ。

 

――今後、『攻殻機動隊』のアニメシリーズがどのように育っていくことに期待しますか?

 

黄瀬 個人的には、士郎さんの許可が出るのであれば、いつか人間を介入させずにAIだけで作った『攻殻機動隊』を見てみたいですね。脚本もキャラデザインも編集も全部AIに任せたら、果たしてどんな作品が仕上がるのか? すごく興味があるし、『攻殻機動隊』はそういう実験的な試みが似合う作品だと思うので。

 

 

 

黄瀬和哉 KAZUCHIKA KISE

1965年3月6日生まれ。大阪府出身。高校卒業後、アニメアールに入社。『赤い光弾ジリオン』などで作画監督を務めた後、『機動警察パトレイバー the Movie』を機にProduction I.Gへ移籍。劇場アニメ『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』、『君の名は。』などの大ヒット作品に作画監督として参加したほか、近年はテレビアニメ『火狩りの王』、『天国大魔境』などに携わる。現株式会社プロダクション・アイジー取締役。