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KODANSHA
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2024.04.17Interview
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interview #06

声優・坂本真綾が明かす”新たな素子像”への思い                 ―プレッシャー、そして“2つの世界”の橋渡し― #02

文・音部美穂 撮影・三宅祐介

2013年から2014年にかけて公開された映画『攻殻機動隊ARISE』。公安9課結成に至る軌跡を描いた本作では、主人公・草薙素子をはじめ、9課のメンバーの声優陣が一新されたことも話題を呼んだ。同作およびその次作となった劇場用アニメ映画『攻殻機動隊 新劇場版』で素子の声を演じたのは、坂本真綾。すでに「素子=田中敦子」がファンの間で定着していたなかで、坂本はどのようにして素子像を作り上げていったのだろうか。オーディションの様子から新たな素子像への思い、10年の時を経て芽生えた思いまでを明かす。

#02 不安を吹き飛ばした黄瀬監督の言葉

――すでに田中敦子さんが演じる素子が世の中に定着しているなかで、新たに素子役に挑戦することへのプレッシャーはありましたか?

 

坂本真綾(以下:坂本) 当初は、かなりのプレッシャーを感じていました。私自身も『攻殻機動隊』が大好きだからこそ、ファン目線になって考えれば、これまでとは違う声優が演じるというのは、相当な違和感だろうと思ってしまって‥‥。ただ一方で、私も『攻殻機動隊』のファンで、作品への愛情があるからこそ、批判の声が上がっても、きっと受け止められるという気持ちもどこかにあったんですよ。不安は大きかったけれど、「『攻殻機動隊』が大好き」という気持ちが「自分のできることを精いっぱいやろう」と奮い立たせてくれたように思っています。

 

――『攻殻機動隊ARISE』では、素子だけでなく、トグサ役やバトー役も含め声優陣が一新されました。黄瀬総監督からは何かアドバイスはありましたか?

 

坂本 今でもはっきりと覚えているんですが、初回の収録の際に、新しい声優陣を前に黄瀬さんがこうおっしゃったんです。「皆さんを選んだのは私です。私がすべての責任を負いますので、楽しく自由に演じてください」と。思わずジーンとしましたね。新たに選ばれた声優は、みんな『攻殻機動隊』が大好きだったので、「この場にいられて本当に嬉しい」と気合を入れている一方で、「本当に自分が演じていいのだろうか」という不安や緊張が入り混じっていたと思うんですよ。それを黄瀬さんは察していたのでしょう。黄瀬さんの言葉が不安を吹き飛ばしてくださって、本当に心強かったし、安心して演じることに集中できた。黄瀬さんは、普段は穏やかで飄々とされているんですが、カリスマ性があり、そして人をやる気にさせるのが本当に上手な人なんです。

 

――『攻殻機動隊ARISE』への出演決定後、役作りのために、田中敦子さんが演じる素子を振り返りましたか?

 

坂本 いえ、出演が決まってからは、あえて過去の作品は見直しませんでした。とにかく大好きな作品だったので、見直さなくてもわかっているという思いもありましたし、あえて声優を変えるという大きな賭けを選択したスタッフさんの意図を考えると、私に求められているのは、「敦子さんの素子に似せること」ではないと思ったんです。『攻殻機動隊ARISE』での素子は見た目も若く、それまでの作品のような気迫あふれる雰囲気になる前の状態。つまり完成されていない状態の素子であれば、声にもそのような雰囲気を求めているのではないかと感じ、必死に、そして自由に演じようと考えていました。

 

――おっしゃるように、『攻殻機動隊ARISE』には、それまでのシリーズには出てこなかった素子の心の揺れや弱さ、恋愛なども赤裸々に描かれていますね。

 

坂本 台本をもらったときに驚いたと同時に、これまでのような完璧すぎる素子像ではなく、失敗したり揺れ動いたりする人間らしい部分には親近感がわきました。『攻殻機動隊ARISE』には、ファンならば誰もが知りたかった部分も描かれていて、その最たるものが素子の恋愛ではないでしょうか。それまで「素子は、どんな人生を送って来たのだろうか」と頭の中で想像していた部分が映像化され、言葉は悪いかもしれませんが“盗み見ている”ようなおもしろさがありました。一方で、素子には若いときから一貫して変わらない部分もあります。「これまでのシリーズと地続きの作品なのに、新鮮」というのが『攻殻機動隊ARISE』のおもしろさだと思うんですよ。

 

――『攻殻機動隊ARISE』に続き、坂本さんを含む新キャストで『攻殻機動隊 新劇場版』も公開されました。バトー役の松田健一郎さん、トグサ役の新垣樽助さんをはじめ、ふたつの作品の過程で、新キャストの方々との関係性に変化はありましたか?

 

坂本 最初は互いに少し緊張感がありましたが、収録を重ねるごとにどんどん打ち解け、演じながら、とてもいい作品になっている実感がありました。公安9課のメンバーのように、私たちにも絆のようなものが生まれていたのかもしれません。シリーズの構成上、「私たちは期間限定なんだろうな」ということはみんな感じていたので、『攻殻機動隊 新劇場版』の収録が終わるときには、達成感や無事にやり遂げたことへの誇りのようなものがこみ上げたと同時に、寂しさもありましたね。『攻殻機動隊 新劇場版』のラストシーンは、満開の桜を素子やバトー、トグサらが眺めているシーンだったんですが、実際この収録をしていた時も桜の時期だったんですよ。その姿に自分たちを重ね合わせ、「私たち、卒業なんだな‥‥」と、ちょっとセンチメンタルな気分になっていました。

 

――「桜の24時間監視」という任務と見せかけて花見をしているシーンですね。このシーンから公安9課の設立へとつながっていくわけですが、『攻殻機動隊S.A.C.2nd GIG』の最終話でも公安9課のメンバーが同じように桜の24時間監視をするシーンがありました。

 

坂本 そういった意味でも印象深いシーンなんです。というのも、これは私が演じてきた素子がいる『攻殻機動隊』の世界と、それまでの『攻殻機動隊』の世界がつながった瞬間であり、2つの世界の橋渡しをできたような気がしたからです。おそらく黄瀬さんがそう意図して描いたのだと思うのですが、この場面の先に、私が一人のファンとして好きだった『攻殻機動隊』の世界があるんだなって思うと、演じながら感慨深いものがありました。

 

――特に印象に残っている素子のセリフは何でしょうか?

 

坂本 たくさんあるのですが、ひとつ挙げるならば「そう囁くのよ、私のゴーストが」です。「この有名なフレーズを私が言える日がくるなんて‥‥」という感激で胸がいっぱいになり、気合が入りすぎてしまったんでしょうね。テストの際に「そんなにカッコつけなくていいから、もっとサラッと言ってほしい」と言われて。気合が入りすぎているのをみんなに悟られて、ちょっと恥ずかしかったです(笑)
でも似たようなことは他のキャストの方もあったんじゃないかと思うんですよ。松田さんや新垣さんも、セリフを言いながら嬉しさのあまり、「心の中でニヤニヤしているんじゃないかな」って感じたことは何度もありますからね(笑)

 

#03 あらためて感じた敦子さんの偉大さ につづく

 

 

坂本真綾 MAAYA SAKAMOTO

声優、俳優、歌手。東京都出身。小学生時代より子役として活動し、1996年にCDデビューを果たす。声優業では、『攻殻機動隊 ARISE』『攻殻機動隊 新劇場版』の他、『天空のエスカフローネ』『桜蘭高校ホスト部』『火狩りの王』など出演作多数。舞台俳優としても活躍し、2012年には菊田一夫演劇賞を受賞。