© 士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会
© Shirow Masamune, Production I.G/KODANSHA/GITS2045

KODANSHA
FEATURE_
2024.12.26Interview
SHARE
interview #09

若林和弘が追い求めた『攻殻機動隊』の音づくり                 ー試行錯誤するおもしろさー #01

文・音部美穂 撮影・神藤剛

アニメーションにおいて「音の責任者」ともいえる音響監督。テーマ曲やシーンに合わせて映像の背景に流す劇伴、効果音、声優の芝居まで、「音」に関わるすべてを一手に引き受ける仕事だ。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『イノセンス』で音響監督を務めた若林和弘が、声優陣との関わり方や、アナログ時代の収録の裏側を明かす。ときに冗談も交え、朗らかに当時を振り返る若林。その口からは、押井守監督との”絆”を感じさせるエピソードが次々と飛び出した。

#01 田中さんと大塚さんの関係は、素子とバトーそのもの

――若林さんが初めて『攻殻機動隊』シリーズに触れたのは、いつ頃だったのでしょうか。

 

若林和弘(以下:若林) 『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の仕事のオファーが来たときですね。それを機に単行本を買って読みました。最初の印象は……不適切な表現かもしれませんが素子が「イケイケの姉ちゃんだなぁ」と。サイバーパンクの空間に生きて、事件を解決したと思ったら、「ネットは広大だわ」と言い残して消えてしまう。これまでにないフリースタイルの女性像だと感じました。ただ、押井さんからは先に「原作とはだいぶ違った内容になるから」とは聞いていたので、この原作からどのような内容に発展していくのか、楽しみでした。

 

――『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は、押井監督からのご指名だったのでしょうか。

 

若林 そうです。その前に、押井さんが監督を務めた『御先祖様万々歳!』(1989年)で一緒に仕事していたので、そこからの流れですね。もともと押井さんと最初に知り合ったのは『うる星やつら』の現場。当時、高校生だった私は、『うる星やつら』のファンで、友達が「収録スタジオを知ってる」というので、行ってみたんです。そうしたら「ちょうどひとり辞めちゃったから、バイトしない?」と誘われ、見習い助手として働き始めた。だから、本作の監督だった押井さんには「変なヤツがいるな」と顔を覚えられていたんだと思います。

 

――その『うる星やつら』の現場で音響監督を務めていたのが、若林さんの師匠に当たる斯波重治さんですよね。

 

若林 ええ、スタジオを退職した2年後に師匠に拾ってもらい見習いとして勉強しながら、その後、音響監督として独り立ちし、『御先祖様万々歳!』の総集編で初めて押井さんからのオファーを受けたわけですが、そこに至るまでの経緯が、まあひどくて(笑)。別の作品で、西久保瑞穂さんが「音響監督、誰かいい人知らない?」と押井さんに相談したところ、押井さんは「若林くんがいいと思うよ」と、なぜか私を推薦したそうなんです。それで、西久保さんと一緒に仕事をすることになった。ところが、後で押井さんに「若林くん、どうだった?」と聞かれた西久保さんが「良かったよ」と答えたそうで、押井さんは「そうか。じゃあ自分の仕事も若林くんにお願いしてみよう」と。つまり、先に西久保さんに私を使わせて、大丈夫かどうか”実験”したというわけです(笑)。

 

――押井さんにとっては、満を持しての若林さん起用だったわけですね。では、素子役に田中敦子さん、バトー役に大塚明夫さん、トグサ役に山寺宏一さんを選んだ経緯を教えてください。

 

若林 基本的にはオーディションです。当時、田中さんはデビュー2年目くらいの新人さんで、アニメの経験は多くなかったんですが、「いい新人さんがいるんだよ」と聞いていました。まだ若く、どこかおっちょこちょいな雰囲気があるのに、声は大人っぽく落ち着きがある。そこに押井さんは惹かれたそうです。山寺さんも当時は若手でしたが、『御先祖様万々歳!』に出演していたこともあり、「ぜひ山寺さんを入れたい」という押井さんの強い希望がありました。
これは、田中さん、山寺さんに限ったことではないのですが、私も意見は出すものの最終的に決定するのは監督である押井さんです。声優には、監督が惚れる要素があることが非常に大事。監督は、そこからイメージを膨らませて作品を作っていくので、私がどう思うかよりも、監督がやる気になるキャスティングをすることが重要だと感じています。
大塚さんも若い頃から知っていましたが、バトーというキャラクターに対する熱量がすさまじかったですね。大塚さんは押井作品に出演するのが初めてだったので、インタビューで「押井監督の作品に爪痕を残す」というようなことを熱っぽく語っていたのが印象的でした。それぐらい気合を入れて収録に臨んでいました。その後『S.A.C.』の時には「バトーはオレ自身だから、役作りは必要ない」と言っていました。

 

――若林さんは『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』に続き、いまお話のあった『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』も担当されていますが、神山健治監督からはどのような要望がありましたか。

 

若林 『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の前段階を描くので、フレッシュな雰囲気にしたいという要望がありました。そのため、見た目――つまり義体に合った声を求められました。当時、神山さんは監督2作目。第1作目である『ミニパト』も私が音響監督を務めていたこともあって、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』はかなり任せてもらっていて、私が考えて提案していくことも多かったですね。この作品から登場する新キャストのオーディションでも、候補者を出して神山さんと一緒に選ぶなど、裁量を幅広く与えてもらえたのは、非常にやりがいを感じました。

 

――『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では大木民夫さんが演じていた荒巻を、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』では阪脩さんに変更したのも、フレッシュな雰囲気を意識してのことでしょうか。

 

若林 そうですね。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で押井さんが思い描いていた荒巻は、ある種、達観している人物。人生が収束に向かう前に、最後のひと仕事を成し遂げる男という印象でした。一方で、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』で神山さんがイメージしていた荒巻は、9課を立ち上げ、現役感バリバリで突き進んでいく男。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の荒巻とはだいぶ異なる印象のため、思い切ってキャスティングを変更したんです。

 

――田中さんにはどのように演じてほしいと言っていましたか?

 

若林 素子は人間の生に対して執着がないので、感情もあまりブレず、フラットで落ち着いている。そのため、まずは言葉を明朗に話し、浮つかずにクールな感じを出すことが一番大切だと考えました。素子の年齢ははっきりしませんが、だいたい40代というイメージ。田中さんは当時、まだ20代でしたが、実年齢よりも明らかに落ちついた方でしたので、違和感なく演じてくれたと思っています。
田中さんは、元来マジメな方ですが、意外にもおっちょこちょいな面があって、それが見えるとすごくおもしろいんです。でも、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のときは、まだ経験が浅かったこともあってか、ひたすらマジメに、ストイックすぎるほど真剣に取り組んでいて、セリフや銃器などの専門用語について質問されたりしましたね。大塚さんは彼女と同じ事務所だったこともあってか、彼女のそのような部分をよく理解していて、何かとフォローしてくれていました。ストイックでまっすぐな田中さんを大塚さんが支えるというのは、まさに素子とバトーの関係性そのものでした。

 

――現場でのチームワークが作品のクオリティに関わってくるのですね。現場の雰囲気づくりで若林さんが心がけていたことはありますか。

 

若林 監督のリクエストの伝令役として私が心掛けていたのは、「ああしてくれ、こうしてくれ」と1から10まで指示するのではなく、演じる方が能動的に考えていけるような伝え方をすること。そうすることで、演者も作品の中で成長していきます。また、これは『攻殻機動隊』に限らずですが、主役には座長としての自覚が問われます。長い期間継続するテレビシリーズだとなおさら。そのため、主役には「座長としてマイク前で現場全体を見て、私と一緒に現場を回してほしい」と常々声をかけています。『攻殻機動隊』のときも、収録が始まる前にメインキャストが集まって食事に行き、作品について意見交換をしました……といってもそんなにマジメな話をしていたわけではなく、酒を飲んだだけなんですけどね(笑)。
ただ、人間がつくるものなので、こういったコミュニケーションによって醸成される温度感が作品にも反映される。緊張感はしっかり持ってもらいながらも、声優陣を委縮させるのではなく、信頼関係をつくって作品のクオリティ向上を目指すのが音響監督の仕事の一つ。だから、私は許されるならば事前の顔合わせはきちんとやりたいタイプです。『攻殻機動隊』ではそれがうまく作用したと思うのですが、最近の若手声優はそういったことを嫌がる人も多いので……なかなか難しいですね(笑)。

 

#02 家具店で壺に頭を突っ込んで……理想の音づくりの追求  につづく

 

 

若林和弘 KAZUHIRO WAKABAYASHI

1964年、東京都出身。斯波重治氏のもとで経験を積み、音響監督としてデビュー。『攻殻機動隊』シリーズでは、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『イノセンス』を担当。『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』など、「林和弘」名義でスタジオジブリ作品にも数多く参加。近作に『劇場版 七つの大罪 光に呪われし者たち』、『タイムパトロールぼん』、WOWOWオリジナルアニメ『火狩りの王』など。