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2024.12.26Interview
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interview #09

若林和弘が追い求めた『攻殻機動隊』の音づくり                 ー試行錯誤するおもしろさー #02

文・音部美穂 撮影・神藤剛

アニメーションにおいて「音の責任者」ともいえる音響監督。テーマ曲やシーンに合わせて映像の背景に流す劇伴、効果音、声優の芝居まで、「音」に関わるすべてを一手に引き受ける仕事だ。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『イノセンス』で音響監督を務めた若林和弘が、声優陣との関わり方や、アナログ時代の収録の裏側を明かす。ときに冗談も交え、朗らかに当時を振り返る若林。その口からは、押井守監督との”絆”を感じさせるエピソードが次々と飛び出した。

#02 家具店で壺に頭を突っ込んで……理想の音づくりの追求

――『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』が公開されたのは1995年。当時は音響制作においてデジタル技術はどの程度普及していたのでしょうか。

 

若林和弘(以下:若林) 「デジタル技術? なんの話ですか?」っていうぐらい、普及していない時代でしたよ。効果音なども、一部はCD音源を使いましたが、ほとんどアナログで作っていました。セリフの収録にはデジタル技術が入っていましたが未だテープでの録音でしたから、一発勝負。現在のように、失敗したらすぐ撮り直しができるわけではないので、声優陣の集中力も桁違い。当然、現場の緊張感も非常に高かったです。2002年から放送が始まった『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の時は、様々なデジタル技術が導入されていましたが、最終的な納品は未だデジタルのテープでした。

 

――音声の加工技術が整っていない時代に、電脳空間の声はどのようにして表現したのでしょうか。

 

若林 これは非常に苦労しました。エフェクターなどの機器を通してセリフを加工することもできたのですが、押井さんが求める「脳殻の中だけで響き合っているイメージの音」がどうしてもうまく出せなかった。それで試してみたのが、ゴミ置き場にあるような大きなポリバケツ。これを床に置いて、そこに向かってセリフを言ってもらい、響いた音をマイクで拾ったりしてみたんです。最終的にはバケツではなく、25Lぐらいの素焼きの壺を採用しました。10センチのスピーカーを繋いでそれを糸で吊るして、壺の口の部分に下ろし、収録しておいたセリフを流す。そうして壺の中で反響した音をマイクで拾うという方法をとりました。

 

――壺の大きさや素材によって音の反響は変わるのでしょうか。

 

若林 変わりますね。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のときは素焼きの壺でしたが、2004年公開の『イノセンス』のときは、塩化ビニールでできている蓋つきのバケツ状の椅子を使っています。イメージどおりの音が出る壺やバケツなどを探すのはひと苦労で、秋葉原の家具店に行き、店中の壺に頭を突っ込んで「アーアー」と声を出して反響を確かめたりして。もう完全に怪しい客でした(笑)。
常にこんな調子だったので、収録にも時間がかかりました。現在の劇場作品では、音響の作業でスタジオを使うのは1週間前後ですが、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の頃は3週間ぐらいスタジオにこもりきり。素材を探して音を録って、ああでもないこうでもないとやり直し、音響予算の半分以上がスタジオ代に消えていくほどでした。でも、試行錯誤した結果、思ったとおりの音が出ると、「やった!」という達成感があります。それはソフトや既存のデータを使って音を作るようになった今ではなかなか味わえない感動かもしれません。

 

――『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』ではタチコマが作品中で存在感を示し、玉川砂記子さんの声も印象的でした。

 

若林 タチコマの声は、神山さんが非常に重視していたので、スタッフで話し合い、慎重に決めました。当初「機械音声にしたほうがいいのでは」という案もあったのですが、タチコマが成長していく過程が描かれていたので、機械の音声では成長を表せない。また、「若い人がいい」という声もあがりましたが、あまりに若すぎると、メインキャストとの距離感が開いてしまうのではないかと危惧しました。タチコマはバトーと会話するシーンが多いので、特に大塚さんとの距離感の近さは重要。キャストとの一体感を持たせるために、私も玉川さんを押した記憶があります。

 

――タチコマが何機も登場して互いに会話しあうシーンも、玉川さんが1人で演じていたそうですが、どのような様子だったんでしょうか。

 

若林 玉川さん、もうハアハア言いながら収録していましたよ。その姿を見ながら「ギャラいっぱい払うから、がんばって!」って励まして(笑)。ただでさえ、自分と自分で会話するというのは、なかなか難しいこと。加えてタチコマは、それぞれの喋り方の特徴が異なるので、「タチコマAの話し方」「タチコマBの話し方」といったように、演じ分けなければならない。これにはかなり技術が必要なのですが、玉川さんは見事に演じてくれました。それなのに、玉川さんにはトグサの妻役までお願いするという、鬼の所業をやっていました(笑)。ただ、これには意図があります。玉川さんに限ったことではありませんが、テレビシリーズの場合、メインキャストがどのような流れで毎週演じているのかを把握してもらったほうがいい。そのため少しだけ出られるシーンがあれば、積極的にお願いするように考えていました。

 

――タチコマが動く際の「シャカシャカ」という音はどのように出したのでしょうか。

 

若林 戦車というと、ずっしりと重厚感があるイメージですが、タチコマは3Dアニメーションで制作することもあり、ギミック的で軽やかな感じにしたかった。それで、音響効果の神保大介さんと相談して、自分たちで作れる音で身近な雰囲気を出そうと考え、モーターで動くトイツールの音などを参考にして制作していただきました。モーター音も様々なので、「タミヤ製の新作の音がいい」などといろいろ試してもらいましたね。

 

――『攻殻機動隊』では銃器の作動音も印象的に使われていますが、これはどのように制作したのでしょうか。

 

若林 「本場の銃の音を」という押井さんのリクエストで、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では香港で実際に銃を撃って、その音を音響効果の方々に録っていただきました。また『イノセンス』でサンフランシスコへ行った時に「今後のために」と、作業の合間で実際の銃の作動音を録音してきました。

 

――『イノセンス』では対戦車砲も出てきましたが、その音はどうやって制作したのでしょうか。

 

若林 これは実際にスカイウオーカーの効果スタッフが大砲を撃ってきたそうです。先程の実銃の録音の際にたまたま横で対戦車砲を射ってる方がいたので、こそっと録音してたら、発砲した瞬間に、全身の皮膚が波打つのがわかるぐらいの衝撃が届きました! 銃器マニアの押井さんは、とにかく本物にこだわる。「銃の出力が~」とか「ディーゼルの吹きあがりが~」とか、いつも言ってきますから (笑)。でも、せっかく本物の音を録ったのに使えないことも多かったですね。たとえばロケットの発射音は、振動が大きすぎて、耳では「ゴーォォォォォッ」と聞こえていても、空気自体が振動しているため、録った音を聴くと「バリバリバリ」と歪んでしまっていた。だから実際に耳で聞いた音を、他の物を使って再現するしかない。そのため他作品でロケットの発射シーンの時には、業務用掃除機を使ったこともありました。大きな掃除機のスイッチを入れて音を録り、それを4分の1ほどのスピードにすると、ロケット発射時のような轟音になったんです。いつもこのような試行錯誤を重ねていました。

 

#03 『攻殻機動隊』は年月を経ても、なお”新しい” につづく

 

 

若林和弘 KAZUHIRO WAKABAYASHI

1964年、東京都出身。斯波重治氏のもとで経験を積み、音響監督としてデビュー。『攻殻機動隊』シリーズでは、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『イノセンス』を担当。『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』など、「林和弘」名義でスタジオジブリ作品にも数多く参加。近作に『劇場版 七つの大罪 光に呪われし者たち』、『タイムパトロールぼん』、WOWOWオリジナルアニメ『火狩りの王』など。