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2024.12.26Interview
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interview #09

若林和弘が追い求めた『攻殻機動隊』の音づくり                 ー試行錯誤するおもしろさー #03

文・音部美穂 撮影・神藤剛

アニメーションにおいて「音の責任者」ともいえる音響監督。テーマ曲やシーンに合わせて映像の背景に流す劇伴、効果音、声優の芝居まで、「音」に関わるすべてを一手に引き受ける仕事だ。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『イノセンス』で音響監督を務めた若林和弘が、声優陣との関わり方や、アナログ時代の収録の裏側を明かす。ときに冗談も交え、朗らかに当時を振り返る若林。その口からは、押井守監督との”絆”を感じさせるエピソードが次々と飛び出した。

#03 『攻殻機動隊』は年月を経ても、なお"新しい"

――『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では、川井憲次さん作のテーマ曲『謡』は、海外でも話題を呼び、時を経た今も評価されています。この曲はどのようにして生まれたのでしょうか。

 

若林和弘(以下:若林) 押井さんからは、「アジアのテイストがほしい」「ブルガリアン・ヴォイス」(ブルガリア地方の伝統的な女声合唱で幻想的な歌声が特徴)のような声をうまく取り入れられないか」というオーダーを受けていました。「アジアのテイスト」については打楽器を使おうと結実したのですが、ブルガリアン・ヴォイスのイメージをどのように取り入れたらいいのか悩んでいたら、川井さんが「民謡はどうですか」と提案してくれたんです。そういう感じで押井さん、川井さんと2週間くらい毎晩のように話し合ってようやく方向性が決まり、川井さんが大和言葉を使って歌詞を書き、イメージが固まった。『謡』は、そうやって少しずつできあがっていったんです。この曲は、師匠から褒められた唯一の曲でもあります。これ以外で師匠に褒められたことなんて、一度もありませんから。そういった点でも非常に思い出深い曲ですね。

 

――『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』は、菅野よう子さんが音楽を担当されていますが、どのような経緯でオファーしたのでしょうか。

 

若林 このときは “逆指名”という珍しいパターンだったんですよ。実は、最初に菅野さんの起用が決まっていて、菅野さんが「音響監督は若林さんがいい」と言ってくださったそうなんです。

 

――菅野さんは若林さんのどのようなところに魅力を感じていたのでしょうか。

 

若林 それまで、菅野さんと仕事をしたことは一度しかなかったんですが、その時におもしろかったと感じてくださっていたみたいです。打ち合わせの際、音響監督は劇中で使用したい音楽のメニューを書いて作曲家と打ち合わせをするのですが、ほとんどの方が「M01素子のまっすぐな気持ち」「M02 素子の悲しみの曲」といった箇条書きでオーダーするそうです。でも私は、素子の精神にかかわる生い立ちをメモにして、「M01 このような女性が心の中に秘めた思いを表現する曲」といったようなメニューを書き、「惜別」とか「後悔」といった単語のタイトルを必ずつけるようにしています。菅野さんのときも、そのようにメニューを書いて持って行ったところ「絵があり、声が聞こえて、文字があれば、音楽は私の頭に降りてくる。だから最小限でいいので、私の脳に刺激を与える言葉を書いて」と言われて。言葉を一生懸命ブラッシュアップしていったところが、菅野さんにうまくハマったのかもしれません。
サイバーものの作品は、音もカッコよくドライに仕上げるのがセオリー。でも私は、どうしても登場人物の心情を拾ってしまいたくなるんです。そのため他のサイバーものに比べて音楽がウェットになってしまったと思うのですが、それを肯定してもらえたのは幸せでした。

 

――菅野さんとの仕事で印象的だったことはなんでしょうか。

 

若林 菅野さんの曲作りは独特です。ご自身で脚本を見て印象的なシーンがあると「このシーンのための曲をすぐ書き下ろしたいから、曲のメニューを書いて」と依頼がくる。急いでメニューを書いて送ると、1週間ほどで曲が届いたこともありました。ただ、そうやってせっかく書いてもらったのに、テレビの放送コードに引っかかってしまって、2本ほど放送できない回もあった。仕方がないのですが、菅野さんの素晴らしい曲や他のアニメでは表現できないストーリーをテレビの視聴者に届けられなかったのは残念でしたね。

 

――『攻殻機動隊』シリーズの中で、特に好きなセリフはなんでしょうか。

 

若林 『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の終盤で、少女の義体に入った素子を自分のセーフハウスに連れてきたバトーがボソッとつぶやく「いたけりゃいつまでいてもいいんだぞ」ですね。これはバトーの本音であり、心の中が丸見えになる瞬間。ぶっきらぼうな言い方とは裏腹に、素子への深い想いがこめられている。そのギャップが好きなんです。あとは、マテバ社の銃を愛用するトグサの「マテバでよければ」というセリフ。これは押井さんが一番好きなセリフ。『攻殻機動隊』をやっていたとき、押井さんに「車で迎えに来て」って頼まれることがよくあって。「アッシーに使って悪いな」という後ろめたい気持ちが少しはあったのか、迎えに行くと、当時まだ日本に上陸したばかりだったスターバックスのコーヒーを買ってくれたんですよ。で、「スタバでよければ」と差し出す(笑)。そんなことをよくやってました。

 

――あらためて当時を振り返り、音響監督として『攻殻機動隊』の魅力をどのように感じていますか。

 

若林 音響に携わる身として、映像を見る際、どのような音を使うか考えながら見るのが癖になっているのですが、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』には、映像を見ても瞬時に音が頭に浮かばないようなシーンがいくつもありました。つまり、それまで触れたことのないような新しい映像だったということなんです。今でも絵の素晴らしさも感じますし、ほぼ完成した絵に近い状態を見て作業できたのも良かった点ですね。昨今では、スケジュールの都合上、ほとんどの作品でそれができない状態で、動きのない絵を見てセリフを言ったり音を付けたりしなければならないので、声優も音響スタッフもイメージがつかみづらく苦労することが多い。その結果、映像と音楽が乖離してしまうことがある。完成に近い状態の絵が見て作業できるかどうかは、作品全体の出来を左右するといっても過言ではありません。

 

――2021年、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 4Kリマスター版』が公開されました。四半世紀以上を経て、別の形に生まれ変わり、再び上映されたことにどのような思いがありますか。

 

若林 これだけ年月を経ているにもかかわらず、今、見ても「新しさ」を感じられる映像だと思います。特にオープニングで素子の皮膚がはがれていく様子は、何度見ても「ゾワッ」とさせられる。あれは沖浦さん(『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で作画監督・キャラクターデザインを務めた沖浦啓之氏)しか描けない絵なのでしょうね。これまで本当に多くのアニメを見てきましたが、キレイだと感じるものはたくさんあっても「ゾワッ」とするものは、なかなかお目にかかれないんです。

 

――音響監督としてのキャリアにおいて、『攻殻機動隊』シリーズは、どのような位置づけになっていますか。

 

若林 これまで手掛けた数々の作品の中でも、特に思い出深く、またその後の仕事に大きな影響を与えた作品だったと感じています。この作品を経験したからこそ、幅広い仕事のオファーが来るようになったのですが、それは『攻殻機動隊』が世の中から評価を受けているという証ともいえます。ただその代わりに、もともとやっていた魔法少女ものや、ギャグもののアニメの仕事が来なくなっちゃったんですよ。地球や人類の危機などスケールの大きなアニメの仕事が増えて、たまには違うテイストの作品もやりたいというのが本音なんですが……なかなか、そううまくもいかないのが人生ってことなんですかね(笑)。

 

 

 

若林和弘 KAZUHIRO WAKABAYASHI

1964年、東京都出身。斯波重治氏のもとで経験を積み、音響監督としてデビュー。『攻殻機動隊』シリーズでは、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『イノセンス』を担当。『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』など、「林和弘」名義でスタジオジブリ作品にも数多く参加。近作に『劇場版 七つの大罪 光に呪われし者たち』、『タイムパトロールぼん』、WOWOWオリジナルアニメ『火狩りの王』など。