
電脳社会を音楽で表現した小山田圭吾の3年間 ー『攻殻機動隊』とCorneliusの相互作用ー #03
文・浅原聡士郎正宗の原作漫画をベースに、映像化シリーズ第3弾として始動した『攻殻機動隊ARISE』。公安9課メンバーのキャラクターデザインが変更されるなど、大胆な試みで『攻殻機動隊』の新しい魅力を掘り起こした作品に、音楽で彩りを添えたのがCorneliusこと小山田圭吾だ。主題歌やエンディング曲だけでなく、約3年間にわたって劇中のさまざまなシーンで使われる曲を書き下ろしで提供。
聴き手の想像力を刺激する音はいかにして作られたのか。“アニソン”を巡る記憶と自身のこだわりについて、小山田圭吾に話を聞いた。
#03 作曲家にも癒やしを与えたロジコマ
——もともとCorneliusは日本だけじゃなく海外のファンも多かったと思いますが、『攻殻機動隊ARISE』の音楽を手掛けたことでファン層が広がった感覚はありますか?
小山田圭吾(以下:小山田) そうですね。以前、Corneliusとして『Mellow Waves』のツアーで北米や欧州を回ったのですが、どの国のメディアか忘れてしまったんだけど、すごい若い女の子が取材に来たことがあったんですよ。その子が「『攻殻機動隊』をきっかけにCorneliusを知った」と言っていたことが、僕としては新鮮で。アニメ作品の影響力の強さを実感しましたね。『攻殻機動隊』が海外の若い世代からも愛される作品であることは知っていたんですけどね。VHS作品を全部揃えるショーン・レノンみたいなマニアが身近にいたし(笑)。
——本格的にアニメのサウンドトラックを手掛けるのは初めてだったそうですが、その経験がCorneliusの音楽に還元された部分はありますか?
小山田 『攻殻機動隊』のサントラを作っていた時期は、salyu×salyuやMETAFIVEの活動に力を入れていた時期でもあって、Corneliusとしては前作のアルバムを出してから10年も新作を出せていなかったんです。その空白の期間にも曲はたくさん作っていたのですが、新しいプロジェクトが動き出す度にストックしていた曲を振り分けていました。最初は自分の作品として作った曲を、『攻殻機動隊』用にスライドしたことも何度もありましたし。というわけで、次に出るアルバムは、言葉を選ばずに言うと残り物で作った(笑)。ハードな曲やダークな曲は自然と『攻殻機動隊』に流れて、ファンキーだったりアッパーな曲はMETAFIVEに流れたので、ちょっと静かで大人しい曲が手元に残っていて。それが僕のメンタルにもマッチしていたので、『Mellow Waves』というアルバムが完成しました。そういう意味では、『攻殻機動隊』がCorneliusの作品に大きな影響を与えたのは間違いないですね。
——「ハードな曲やダークな曲」で『攻殻機動隊』の世界観に寄り添いつつ、その枠の中でシーンに応じて感情のレイヤーをつけていくのは大変でしたか?
小山田 基本的にはトーンが決まっているので、その中で強弱をつけてニュアンスの違いを表現するのは難しかったですね。そんな中でもロジコマの登場シーンを想定した『Logicoma Beat』は変化球を使えたので楽しかったな。人間には歌えないメロディーを想定して作ったのですが、クスッと笑えるようなポップな曲に仕上がったと思います。ロジコマは作中で唯一の癒しキャラだし、僕も曲を作りながら気分転換することができました(笑)
——小山田さんがテレビ番組『デザインあ』の音楽も担当されていますが、映像のための音楽とアニメのための音楽はアプローチが変わるものですか?
小山田 『デザインあ』は子ども向けの番組なので柔らかい世界観を軸にしていますが、映像の流れに応じて視聴者の集中力や驚きをサポートするような音を作ることを意識していました。攻殻機動隊の場合はストーリーも映像もしっかりしていて、セリフも含めて視聴者の感情をリードしてる要素がたくさんあるので、音楽はそのシーンの空気感を表現する感覚で作っていました。音楽に求められる役割が大きく違った気がします。
——『攻殻機動隊ARISE』は劇場公開されたシリーズですが、映画館の音響環境で流れることも計算されていたのでしょうか?
小山田 そうですね。一応、もっともお客さんが聴き入ってくれるであろうエンディングテーマは映画館用のDolby Atmosミックスで作りました。ただ、映画館の構造やお客さんが座る位置によって聴こえ方が大きく変わってくるので、こちらが計算した通りにハマるわけではないのですが。
——近年、サブスクが台頭してスマホでアニメを見る人が増えていますが、それは音楽も同じだと思います。ユーザーの視聴スタイルの変化に合わせて音楽の作り方も変わっていますか?
小山田 多少は変わっていますね。昔は CD というメディアの特性に合わせて作っていた部分もあって、例えば僕らの『FANTASMA』というアルバムはすべての曲が繋がっているんです。要するに、最初から最後まで曲順通りに聴いてもらう前提で作っている。でも最近は、そういう風に作っちゃうとサブスクで配信される際にぶつ切りになってしまうので、それは嫌だから、なるべく曲を繋げないように作ろうとしています。順番を変えて聴いても、どのメディアで聴いても世界観がブレないように気をつけていますね。
——全体の構成に注意しながらも、さすがに楽曲のメロディーラインを変える必要はないということでしょうか?
小山田 そうですね。でも、最近の音楽ってすごく頭にパンチがあるというか、 いきなりサビから始まる曲がすごく増えている気がします。昔はイントロが長い曲がたくさんあった印象ですが、今のリスナーに趣向やライフスタイルに合わせるとどうしても早くなっちゃうのかな? 僕はあまり気にしないですけど。
——『攻殻機動隊』は新しいシリーズを生み出しながら長年にわたりファンから親しまれてきましたが、小山田から見て作品の魅力はどこにあると思いますか?
小山田 たくさんあると思いますが、今の時代って、『攻殻機動隊』が描いてきた物語をリアルに受け取れるようになってきていますよね。AIなんて、80年代や90年代は遠い未来の話のように感じたのに、今はだいぶ身近な存在になっている。それって原作漫画が描いていた未来の解像度が優れていたということだし、ということは、今後も人間の脳とネットが繋がる未来が本当に訪れるような気がしてしまう。そういう圧倒的な表現力や説得力があるから、今でも多くの人たちに愛されているのではないかと思います。
——ちなみに、ご自身が携わった『攻殻機動隊ARISE』以外で好きな作品はありますか?
小山田 押井守監督が手掛けた『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』かな。絵のクオリティも凄いし、古代日本や民謡を感じさせる旋律とブルガリアンボイスをミックスさせたような音楽も秀逸でした。
——今後、またアニメの音楽に携わってみたいと思いますか?
小山田 機会があればやってみたいですね。それこそ音楽がテーマの作品とか、これまでよりも作曲家の役割が少し大きそうなプロジェクトに参加できたら楽しそうです。『攻殻機動隊』にもう一度携われるとしたら、それこそ全面的に未来の技術を駆使した音楽に挑戦してみたいですね。全部AIで作るとか。そうなったら僕は必要なさそうだけど(笑)
了
小山田圭吾 KEIGO OYAMADA
1969年1月27日生まれ。東京都出身。1991年のFlipper’s Guitar解散後、1993年からCornelius(コーネリアス)名義で音楽活動を開始。アルバム『THE FIRST QUESTION AWARD』や『69/96』が大ヒットを記録し、当時の渋谷系ムーブメントを牽引する存在に。2006年、映像集「Sensurround + B-sides」が、アメリカ「第51回グラミー賞」最優秀サラウンド・サウンド・アルバム賞にノミネートされた。現在、国内外多数のアーティストとのコラボレーションやリミックス、プロデュースなど幅広いフィールドで活動中。