© 士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会
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KODANSHA
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2025.08.04Interview
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interview #11

『攻殻機動隊』で沖浦啓之が味わった葛藤                   ーアニメーターが語る作画の苦しみと喜びー #01

文・音部美穂

『攻殻機動隊』シリーズにとって初の映像作品となった『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』。押井守がメガホンをとったこの作品で、キャラクターデザインと作画監督を任されたのが沖浦啓之だ。アニメ業界ではもちろん、ファンからもその作画技術の高さで知られる沖浦だが、自身への絵に対する評価は驚くほど冷静。訥々(とつとつ)と語るその言葉には、作画に対する真摯な思いが溢れていた。

#01 描いても描いても苦しかった荒巻

――沖浦さんと『攻殻機動隊』との最初の接点は、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の仕事だったのでしょうか?

 

沖浦啓之(以下:沖浦) 何しろ30年も前なので、明確に覚えていないのですが、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の前に、士郎正宗さんが原作、また北久保(弘之)さんと共同監督を手掛けた『ブラック・マジック M-66』(1987年発売のOVA作品)の作画監督をしていたので、その後も士郎さんの漫画は追いかけていました。でも『攻殻』は、まだ読んでいなかったような気もします。原作の印象は、とにかく難しい内容だということ。あの難しい内容を、押井さんは『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で、原作のシチュエーションを活かしながら、よくあれほど見やすい構成にしたなと思いますね。

 

――士郎さんの絵には、どのような印象を受けましたか?

 

沖浦 士郎さんの絵は、体のラインの描き方が魅力的。『ブラック・マジック M-66』のときも、片手に『アップルシード』などの士郎さんの漫画を持ちながら描いていたほどです。女性キャラクターはいわゆる美少女っぽいキャラクターでありながらも、人種の描き分け方など、士郎さんならではの細やかな着眼点を感じるところは、いくつもありました。また広角風な表現で描いているのも、当時としては珍しかったので新鮮でした。

 

――沖浦さんが『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』でキャラクターデザインと作画監督を務めることになったのは、『ブラック・マジック M-66』からの流れだったのでしょうか?

 

沖浦 『ブラック・マジック M-66』で士郎さんの描いた絵コンテを見て、絵の好みや描き方の特徴を知っていたので、僕としてはその経験は大きかった。でも、それが『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』を担当する理由になったかといえば、関係ないと思います。

 

――『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は、黄瀬和哉さんも作画監督を務めていますが、黄瀬さんとは長いおつき合いだとか。

 

沖浦 僕が「アニメアール」(大阪のアニメ制作会社、当時は作画スタジオであった)に入った少し後に黄瀬氏が入ってきたので、10代の頃からのつき合いです。ただ同じスタジオといっても、僕は谷口(守泰)さんチーム、黄瀬氏は村中(博美)さんチーム(のちのスタジオ・ムー)で別だったんですけど。

 

――キャラクターデザインは、キャラクターを多方向から見た「キャラ表」を作成し、それを見てアニメーターたちが描き上げるという点で、作品の根幹を担う仕事ですよね。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で、沖浦さんがキャラクターデザインを担当することになったのは、どのような経緯があったのでしょうか。

 

沖浦 『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の少し前に、押井さんが監督、黄瀬氏が作画監督を務めた『機動警察パトレイバー2 the Movie』があり、その押井&黄瀬ラインを活かしながら新作を、ということになったのだと思うのですが、石川さん(Production I.Gの石川光久会長)いわく「黄瀬氏がキャラ表を描きたくないといっている」と。いま考えれば、石川さんが適当なことを言っていた可能性も否めませんけどね(笑)。僕としても「過去に『ブラック・マジック M-66』をやりきった気持ちもあり、お腹いっぱい。おかわりはちょっと厳しいかも……」という状態だったんですが、結局、引き受けることになりました。

 

――「お腹いっぱい」というのは、似たような絵を描き続けたくないということでしょうか?

 

沖浦 というよりも、その頃、すでに自分の絵がかなり変わっていたんですよ。この頃には、『人狼JIN-ROH』(2000年公開。沖浦が監督とキャラクターデザインを手掛けたアニメ映画)のようなタッチの絵になっていたんですが、『攻殻機動隊』は、どちらかといえばカッコいい絵なので、そちらにシフトできるのかという懸念があったんです。決して嫌々描くわけではないですよ。ただ、自分がそのときに描きたい絵柄を封印し、かつて自分の中にあったかもしれないものを引っ張りだして描くことになるので、それに耐え続けられるのだろうか、ということです。

 

――最終的に引き受けることになった決め手はなんでしょうか?

 

沖浦 黄瀬氏が作画で入るんだから、「俺のキャラ表なんて見ないだろう」って(笑)。だから気楽でいいかなと思ったのかもしれませんね。

 

――ですが、黄瀬さんは、インタビューで「沖浦さんのキャラクターや原画は難しくて、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の制作中は自分の絵を沖浦さんのレベルまで持って行くので精一杯だった」と話していらっしゃいました。

 

沖浦 精一杯だったのは黄瀬氏だけじゃないですよ。なにしろ、僕自身もキャラ表を描いた後、本編でまったく描けなくなってしまったんです。実は別の作品でも、自分がキャラ表を描いたにもかかわらず、キャラ表で決めたおさまりのようなものが本編では描けなくなってしまうことがあったんですが、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のときは特にそれが顕著だったんです。

 

――それは、アニメとして動かすことを意識すると、絵のニュアンスが変わってしまうということでしょうか?

 

沖浦 というよりも絵がヘタなんですよ、単純に。

 

――その言葉は衝撃です……。アニメファンの間でも沖浦さんの作画技術は”神レベル”と評されるほどなので、この言葉を聞いたら、日本中のアニメファンが仰天してしまうでしょうね。

 

沖浦 でも自分としては、どうしてもそう思ってしまうんですよね。なかでも一番苦しかったのは荒巻。キャラ表ではいい感じに描けていた気がしたのに、本編に入ったら全然思うように描けなくて。黄瀬氏は素晴らしい荒巻を描いているのに、僕は何度描き直しても納得いくものができなかった。やるだけやったという思いはあるので後悔はないのですが、本当に描けなかったんだよなぁ……。

 

――沖浦さんは、男性キャラのほうが描きにくいと感じるのでしょうか?

 

沖浦 自分としては男だから女だからという差は感じないです。ただ当時、バトーのキャラ表か何かを見た石川さんに、「男も描けるんだ!」って言われたことがあったんですよ。「”描ける”というか、がんばって描いてるんですよ!」って言いたくなりましたね(笑)。

 

#02 黄瀬氏に助けられたオープニング映像 につづく

 

 

沖浦啓之 HIROYUKI OKIURA

1966年、大阪府出身。アニメアール入社後、『星銃士ビスマルク』で作画監督デビュー。『人狼JIN-ROH』で監督デビュー。原案・脚本も担当した監督作『ももへの手紙』は、ニューヨーク国際児童映画祭で日本映画として初めて長編大賞を受賞したほか、文化庁メディア芸術祭優秀賞をはじめ数々の賞を受賞。『攻殻機動隊』シリーズでは、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のほか、『イノセンス』でキャラクターデザインや作画監督、原画を、『攻殻機動隊ARISE』で原画を担当。