神山健治が語る『攻殻機動隊”SAC”』 ーシリーズ誕生秘話から”2045″までー #01
文・浅原聡 撮影・山谷祐介’02年に放送されたTVシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の監督を務め、当時すでにコアなSFマニアを虜にしていた作品の魅力をお茶の間レベルに広めたのが神山健治だ。荒牧伸志とのダブル監督体制で手掛けた最新作『攻殻機動隊 SAC_2045』では、シリーズ史上初のフル3DCGに挑戦。物語の設定や公安9課が追う事件も現代の視聴者が咀嚼しやすい”未来”にブラッシュアップされており、さらにファンの間口を広げている。挑戦的な作品を成功に導けるのは、多少設定を変えても揺るがない『攻殻機動隊』の根幹にある魅力を熟知しているからだ。今回は原作漫画との出会いから初監督作品で心がけたこと、新作に込めた願いまで、『攻殻機動隊』との歩みを振り返ってもらった。
#01 最新作でも守り抜いた「士郎正宗の教え」
――神山さんが最初に『攻殻機動隊』に触れた作品とタイミングを教えてください。その当時、どんな感想を抱いたか覚えていますか?
神山健治(以下:神山) 『攻殻機動隊』の原作漫画は「ヤングマガジン」で連載が始まった頃からちょこちょこチェックしていましたが、しっかり読んだのは1991年に単行本が発売されたタイミングです。第一印象は、率直に言うと「難しいな」でした。同じ士郎正宗さんの作品である『アップルシード』も読んでいましたが、誌面の情報量が段違いで圧倒されたことを覚えています。コマの欄外も補足情報で埋め尽くされているし、手書きふうの小さなフキダシにも重要そうな言葉があったりして、とにかく情報量が多い。もはや漫画という枠に収まらないような……それまで読んできた漫画とは一線を画す作品だと思いました。
――当時の神山さんはアニメ業界で美術監督として活動していた時期だと思いますが、もともとSF は好きなジャンルでしたか?
神山 そうですね。’80年代にサイバーパンクが流行って、僕自身も一人の読者として『AKIRA』などの近未来を描いた作品に刺激を受けてきましたけど、『攻殻機動隊』は既存のSFとは違った新しいジャンルが生まれたような感覚でした。まだ当時はインターネットという概念が普及していなかったし、”情報ハイウェイ”という言葉が使われ始めた頃だったかな。そんな時代に脳をネットに接続する世界を描いていたわけですから、衝撃的な作品ですよね。
――原作漫画で描かれる概念に触れて、神山さんはクリエイターとして影響を受けましたか?
神山 もちろんです。その頃、明確に『攻殻機動隊』の影響を受けたアニメの企画書を書いたことがあるんですよ。確かタイトルは『エイジアン・マトリクス』。混沌としているアジアを舞台にネット探偵の女の子が活躍する物語でした。まだ映画の『マトリックス』が作られる前だったし、どこから「マトリクス」というキーワードを持ってきたのか覚えてないんですよね。 “縦と横に情報がつながっている状態”という程度の知識しか持っていませんでしたけど。ただ、当時はパソコン通信を使って電子メールやチャットをすることができて、僕もニフティサーブというサービスを使っていた。そのネットワークの中には本当は男性なのに女性を演じている人もいたし、リアルな友だちには聞けないようなことをメル友に話すこともあったし、ニフティサーブのテキストメッセージで会話していると普段とは別人格になれることがおもしろかった。そんな経験を元に書いた企画でした。
――パソコン通信を通してネットのポテンシャルに気づいていたわけですね。とはいえ、ネット探偵の物語は上層部の理解を得るのが難しかったのでは?
神山 企画書を見せたら、相手はポカンとしていました(笑)。女の子が私立探偵のアクション作品という部分は理解を得られても、やっぱりネットの概念をアニメに落とし込むことをイメージしてもらうことができなくて、なかなか前に進まなかったですね。
――神山さんを含めて『攻殻機動隊』はたくさんのクリエイターに影響を与え、長年にわたり多くのテレビアニメや映画が作られてきました。アニメ監督として、この題材の魅力はどこにあると思いますか?
神山 たくさんあるので、全部を挙げるのは難しいのですが、もちろん1番の魅力は、まだインターネット黎明期でもない、大半の人間がその概念をよくわかっていなかった時代に、世界中にネットワークが普及している社会とそこに生きる人類の可能性を描いていること。いろんなクリエイターが想像力を発揮して遊ぶことができる設定を発明しているんですよね。それこそ『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』のような不朽の名作に匹敵するくらい、オリジナリティがあり、揺るがない強度のある設定だったんじゃないかなと思います。もうひとつの大きな魅力は、草薙素子というキャラクターです。素子が生まれるまでは、アクション作品でここまで物語の中心にいる女性の主人公はいなかったんじゃないかな……。これも士郎先生が残した大きな発明ですよ。
――士郎先生は女性が主人公の作品をたくさん手掛けていますが、草薙素子は他のキャラクターと立ち位置が違うわけですね。
神山 例えば『アップルシード』のデュナン・ナッツも優れた能力を持つ女性主人公ですが、彼女は恋人のブリアレオス・ヘカトンケイレスがいないと生きていけない部分もあって、単独で物語を牽引できる存在ではなかった。そこは男性が社会の主役だった時代の名残があるような気がするんです。
――男性目線の女性像が描かれているということですね。
神山 宮崎駿監督も、『風の谷のナウシカ』を作るまでは典型的な男性目線のヒロインを描いていましたよね。でも『攻殻機動隊』は、公安9課というチームの構造そのものに新しさはないかもしれないけれど、その中心に素子という女性がリーダーとして存在していて、物語を牽引していく能力も動機もある。当時はほぼ存在しなかった本物の女性主人公を描いていることが画期的だったと思います。もちろん素子を取り巻くメンバーも魅力ですし、キャラクターの魅力と世界観の魅力が同時に存在している素晴らしさが大きなポイントだと思います。
――数ある『攻殻機動隊』の作品の中で、お気に入りの作品やシーンを教えてください。
神山 難しい質問ですが、やっぱり原作漫画の1巻ですかね。全身義体のサイボーグである素子が屈強な男たちを従えて、よくトグサのことを説教したりしているんだけど、怖いとか厳しいとかだけじゃなくて、案外部下想いな一面もある。単純に草薙素子という謎の女性の生き様を追いかけているだけでも、僕にとっては刺激的だったんですけど。初心者の方も、素子がどんな人物なのか想像しながら漫画を読むのが一番入り込みやすい気がします。最後には自分の姿形も変え、ネットに消える。エンタメ型のストーリー構成も持ち合わせながら、一旦の終焉をなし遂げる。斬新だったですね。
神山健治 KENJI KAMIYAMA
1966年3月20日生まれ。埼玉県出身。高校在学中から自主アニメーションの制作を始める。1985年スタジオ風雅に入社。劇場作品『AKIRA』、『魔女の宅急便』などに背景として参加。2002年『ミニパト』で初監督を務める。代表作は『攻殻機動隊 S.A.C.』シリーズ、『ULTRAMAN』シリーズ、『東のエデン』など。