神山健治が語る『攻殻機動隊”SAC”』 ーシリーズ誕生秘話から”2045″までー #03
文・浅原聡 撮影・山谷祐介’02年に放送されたTVシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の監督を務め、当時すでにコアなSFマニアを虜にしていた作品の魅力をお茶の間レベルに広めたのが神山健治だ。荒牧伸志とのダブル監督体制で手掛けた最新作『攻殻機動隊 SAC_2045』では、シリーズ史上初のフル3DCGに挑戦。物語の設定や公安9課が追う事件も現代の視聴者が咀嚼しやすい”未来”にブラッシュアップされており、さらにファンの間口を広げている。挑戦的な作品を成功に導けるのは、多少設定を変えても揺るがない『攻殻機動隊』の根幹にある魅力を熟知しているからだ。今回は原作漫画との出会いから初監督作品で心がけたこと、新作に込めた願いまで、『攻殻機動隊』との歩みを振り返ってもらった。
#03 原作漫画が提示した「2つの発明」
――『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の際は迷うことなく監督を引き受けたそうですが、それは最新作の『攻殻機動隊 SAC_2045』も同じですか?
神山健治(以下:神山) 荒牧さんと一緒に新たな『攻殻機動隊』を作るという話を聞いた時も、すごくワクワクしましたね。とはいえ、正直に言うと「どう考えてもフル3Dには向いていない作品だけど……」とも思いました。最初の『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を振り返ってみると、毎話のように新しい場所に主人公たちが訪れるわけで、街中を走っているクルマやモブは使い回しできないし、素子たちの服もシチュエーションに応じて変えなきゃならない。それをフル3Dでやったら、どれだけ時間とコストがあっても足りないのではないかと……。そして、3Dの場合は制作途中で追加したい要素が浮かんでも、セルアニメにように後から描き足して入れ込むことが難しい。セルアニメと違って、作れないものが多過ぎるんですよ。ただ、実際に作り始めてみるとメリットも多いことに気がついた。とにかく3Dはキャラクターが崩れないのがいい。2D作画のセルアニメを制作する上で一番しんどいのは、動画が崩れないように絵をきっちり作ること。そこは演出とは関係ない部分なのですが、アニメ作りそのものでもあり、ダメ出しをする側もされる側もストレスが大きいんですよね、昨今は。でも、3Dの場合はキャラが崩れないので、絵直しの負担は減るので、別のクリエイティブな議論に時間を割くことができた。そこが作画アニメと3Dの大きな違いですかね。
――前作から長い時間が経っていたなかで、神山さんが『攻殻機動隊 SAC_2045』で描きたかったこととは?
神山 『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』はネットの黎明期に作ったものですが、今はネットもある程度成熟していて、人とネットの関わり方も変わってきていますよね。でも、テクノロジーが進化しても、価値観が多様化しても、社会の公平性を維持しようとすることに正義があるはず……それを実践する、そんなヒーローたちの姿をもう一度今の時代に描いてみたいと思いました。それとは別に、テクノロジーが進化した未来において科学が人を不幸にする可能性を描く作品が多い中で、テクノロジーが人を救う物語にしようと思っていました。かつて士郎先生から「SF では科学が希望にならなければいけない」と言われていたので。そこは『2045』でも守っていこうと思っていました。
――劇中ではサステナブルやAI、ポスト・ヒューマンなど現代的な言葉や概念が盛り込まれていますが、2045年という時代設定も含めて現実から離れすぎた物語にはしたくなかったのでしょうか?
神山 そうですね。アニメとはいえ観る人にとってただ都合のいい夢物語は作らないようにと心がけてきたので、観賞後に現実の世界にも希望を見出せるヒントがどこかには入っている、そんな作品を目指していました。そういうモノづくりに対する基本的なスタンスは、これまですべての作品で貫いてきたつもりです。
――続編を期待しているファンも多いと思います。今後、現実の社会がますます混沌としたものになっても、素子たちは道標を示してくれるでしょうか?
神山 続編は、作られるかもしれないし、作られないかもしれない。”2045″を作るにあたって、『攻殻機動隊』を『サザエさん』や『ルパン三世』のように永遠に作り続けられる仕様にしてほしいとも言われていました。ただ、これだけ急速にネットも世界も変質している昨今、永遠に同じアプローチで『攻殻機動隊』シリーズを作り続けるのは難しいだろうなとも思っていた。振り返ると、2000年代初頭は、インターネットの明確な使用方法を誰も想定できていなかったのですが、少なくともインターネット上にいる人たちが平等な立ち位置にいるという思いがあった。でも今は、SNSも情報がコントロールされてきている。それをできる側の人間と、そこにいるだけの人間が明確に分けられてしまった。ネット黎明期に存在した公平性は失われてしまっている。それを考えると、やはり永遠に思考が変化しないキャラクターでこのシリーズを作り続けることは難しいのかもしれません……。ただし、僕の中では今後も作り続けられる構想はあるんですけどね。”2045″のエンディングも、その前提で、あのカタチになっていますから。
了
神山健治 KENJI KAMIYAMA
1966年3月20日生まれ。埼玉県出身。高校在学中から自主アニメーションの制作を始める。1985年スタジオ風雅に入社。劇場作品『AKIRA』、『魔女の宅急便』などに背景として参加。2002年『ミニパト』で初監督を務める。代表作は『攻殻機動隊 S.A.C.』シリーズ、『ULTRAMAN』シリーズ、『東のエデン』など。