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KODANSHA

2024.10.28COLUMN
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ISSUE #04藤吉賢

未来の自分たちに宛てたデザイン──英国Design Age Instituteの事例から

文_藤吉賢[Ken Fujiyoshi]
図版_金川晋吾[Shingo Kanagawa]

経済合理性にしたがって医療・福祉制度を整備し、それを高度なテクノロジーがあまねく行き渡らせる社会においては、子孫を残さなかった老人がある種の“養分”として扱われる。そのようなディストピア社会の展望が、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』の作品世界には含まれている。上述の社会像は、「貴腐老人」という概念によって表現されている。

それは貴腐葡萄のように皺くちゃになり、相続されることのない財産が国家に回収されるまでの晩年をただ寝そべって過ごす老人のことだ。物語のなかでは、搾取的に扱われる老人たちが抵抗運動を起こすことになる──。もちろん、そのように非人間的な未来像は正確な未来予測とは言い難く、思考を触発する契機として受け取るべきだろう。では、実直かつ実行可能なアイデアのヒントはどこに求められるだろうか?

デザインイノベーションファームTakramに属する藤吉賢は、従来の社会福祉的なアプローチではないかたちで、どのように高齢者の生き方を支えることができるのかを問うている。とくに「問題」や「当事者」として扱われてしまいがちな高齢者を包摂しながら、一方的にソリューションを押し付けるのではなく、ともにその悩みを理解し、解法を模索していくようなデザイン、すなわちインクルーシブデザインの事例が論じられる。そうすることで、高齢者を「一方的に支える・支えられる」関係から、「ともに支え合う」関係となるような転回が志向される。

本稿を通じて、包摂的なデザインがもたらしうる未来について、ともに考えてみてほしい。

目次

デザインにおける知の技法

「デザイン」と聞くと、「装飾をする」「見た目をよくする」といった行為が思い浮かぶかもしれない。もちろん、それらもデザインではありつつ、近年では「ものをつくる」という従来的なデザイン行為の性質を拡張し、現実世界に対して介入する術として再解釈するなかで、人々が抱える問題を理解したり解決したりするための手法として実践されることも多い。

このようにデザインの認識を捉え直す理論的な仕事は、1960〜70年代の欧州で盛んに行われた。なかでも、英国にある美術・デザイン系大学院大学である英国王立芸術大学院(Royal College of Art)の研究者チームによる定義を紹介しよう。そこではデザインとは、「物質文化にまつわる経験の集積、そして計画・発明・製作・実行に内在する経験・技能・知識の集積」(筆者による試訳)であるとされている。この認識論を突き詰めたのが、デザインリサーチャーのNigel Crossによる「デザインにおける知の技法(Designerly ways of knowing)」(1982/未訳)という論考だ。Crossは学問を二分する自然科学と人文科学という二つの大きな枠組みと対比するかたちで、デザインのあり方を整理し、学問領域としてのデザインの基礎を築いた。

つまり、学問としてのデザインは「人間がつくりあげた世界やものを対象に、実用性・創作性・共感性などをもって『妥当性』(appropriateness)を追求するものである」ということになる。これ以降、デザインを学問として捉える試みは種々繰り広げられていくが、つい昨年、日本にて行われた世界デザイン会議「World Design Assembly Tokyo 2023」においても、デザインについての定義の基礎は上記から大きくは変わっていない。

こういった問題解決のための手法としてのデザインは、企業での実践はもちろんのこと、近年は政府自治体をはじめとする公共の領域、サステナビリティをはじめとする環境の領域など、より複雑な問題を抱える領域へと挑戦が拡大している。

他方で、上記のデザインの定義を踏まえると、デザインが得意とする問題が何かも見えてくる。それは、端的に言うと人間的な問題である。デザインが追求するのは誰かにとっての「妥当性」であるため、受け手たる人がまったく存在しない事物はデザインの対象となりにくい*1

特定の個人と市場のニーズ、二つを満たすインクルーシブデザイン

誰かにとっての「妥当性を重視する」というデザインのアプローチを前提とすると、特定の個人だけを対象に、その人に特化した製品もまたその範疇に含まれるように考えられる。しかし、同時にデザインは実践的でもあるため、ビジネス的な採算性をも考慮し、特定の個人だけでなく、一定の市場を見込む必要がある。つまり、個人へのフィットと市場へのフィットをどのようにつなぐかが問題になる。この問題に対して、クリエイティブな回答を出したデザインの方法論が存在している。

それはインクルーシブデザインと呼ばれるものであり、「極めて特殊なニーズをもったいち個人が使いやすい製品は、他の誰かにとっても使いやすいはずだ」という考え方に基づきデザインを行うというものである。例えば、糸通しを考えてもらいたい。糸通しは、手が不自由であったり、手元が見えづらかったりする人たちにとって針に糸を通しやすくしてくれるものだが、それだけにとどまらず、手が器用な人であっても糸を通しやすくなる。結果として、ほとんどの裁縫キットには糸通しが入っている。現代でこそ裁縫をする機会は減ってしまったが、糸通しが発明された19世紀はまだ多くの人は手縫いで自分の服をつくったり繕っていたことから、その効果は計り知れなかっただろう*2

インクルーシブデザインはその性質上、これまではマイノリティとして見られてきた人たちの視点が重視される。そのため、デザイナーが一方的に問題発見・解決を行うのではなく、問題を抱えている人たちに寄り添い、ともに問題の発見から解決を目指していくことが奨励される。このようにユーザとともにデザインするデザインの諸方法論を、「コ・デザイン」と呼ぶ。

さて、これらの背景を踏まえると、高齢化に関するデザインにおけるインクルーシブデザインの有効性が見えてくるのではないだろうか。数々の製品やサービスを、高齢者の方々と協働しながら、運動能力や認知能力といった医療的な眼差しだけでなく、いち生活者としての生活の課題やニーズを理解することで、本質的に彼ら彼女らが欲しいと思い、豊かな生活に資するようなデザインを行っていく。少子高齢化が進み、高齢者こそがユーザのほとんどを占める、という未来はそう遠くないなかで、インクルーシブデザインを通じていち個人の悩みに寄り添い、答えを出し、さらにはそれを多くの人に還元していくようなアプローチこそが、未来に向けて「当たり前」を再構築するうえで求められるのである。

英国におけるインクルーシブデザインの実践例

高齢者を対象にするデザインの試みはこれまでも多く存在していたが、とくによく知られているのが、デザイナーであり慈善家のHelen Hamlynと建築家のElizabeth Hendersonが1986年に英国で企画・開催した「New Design for Old」という展示だろう。ヴィクトリア&アルバート博物館の蒸気館を借りて行われた本展では、著名なデザイナー14名が高齢者向けの製品のデザインの試作を提示した。

本展の主導者であるHamlynについては特筆に値する。Hamlynは本展ののち、自身の出身校であり先にも言及した英国王立芸術大学院にて、Helen Hamlyn Centre for Design(以降、HHCD)を立ち上げる。その後は自らの慈善団体(Helen Hamlyn Trust)を通じてHHCDへの支援を継続している。大学院公式のニュースレターによれば、2022年時点での支援総額は1000万ポンドに上るという。

今回取り上げるのは、HHCDにてインクルーシブデザインで高齢者を対象としたサービスや製品の開発を後押しするDesign Age Institute(以降、DAI)の試みの数々である。DAIはデザインの力を通じて、人々により健やかかつ幸福な人生を長く送れるようにすることを目指す組織である。同組織はHHCDを拠点としつつ、政府の基金による支援も受けており、様々な政府組織とのパートナーシップももつ。おもな活動としては、高齢者を対象とするイノベーティブな製品やサービスの創出につながるようなプロジェクトへの出資やデザイン的な支援である。2023年度には10のプロジェクトがDAIの支援を受けている。DAIがロンドンのデザインミュージアム(Design Museum)と連携し、同館を会場として実施した展覧会「Designing for our Future Selves」(2023年2、3月)では、DAIが携わったプロジェクトの数々が紹介された。

ここからは、そのなかでもとくに興味深いと思われる4つのプロジェクトをピックアップし、紹介していきたい。

持ち運び可能な尿瓶「Releaf Freedom」

「Releaf Freedom」は、持ち運び可能な尿瓶である。これは尿失禁の問題を解決すべく開発された。

尿失禁とは、本人が意図せず尿が漏れてしまう症状のことで、高齢者にとっては非常に一般的な症状のひとつであり、英国では65歳以上のうち24万人もの人が尿失禁の自覚症状があるという。尿失禁はそれ自体も問題ではあるものの、尿漏れしてしまうことの恥ずかしさから外出が減り、結果として孤独や抑鬱につながってしまうことも少なくない。また、不意に尿意を催してしまうことから、焦ってしまったり、夜に床から急いで移動しようとしてしまった結果として、尿失禁を抱えていない人と比べて、転倒のリスクが26%、骨折のリスクが34%高くなるなど、副次的な影響も少なくない。

このような状況を踏まえ、Binding Science社は医療機関とも連携しながらReleaf Freedomを開発した。紙おむつや生理用ナプキンでも利用されている吸収性ポリマーを改良したものを敷き詰めた専用の紙袋と、紙袋の口に取り付け可能なプラスチック製のハンドルから成っており、袋の中に尿をするとゼリー状に凝固する。

もちろん、同様の機能をもつ製品自体は市場にも存在する。しかし、使用にあたって失敗することが望ましくない尿瓶の性質を踏まえて、より利便性を重視した検討が本プロダクトではなされている。例えば、ハンドルを人間工学的に持ちやすくしつつ、片手だけでも、どちらの方向からでも、紙袋に取り付け可能にすること。手先が不自由な方や視力に不安を抱える方でも利用できるようになった。もしくは、袋の許容水分量を増やすこと。複数回の使用を可能としたことで、夜通し袋を付け替える手間が省かれた。また、実際に複数回の使用がしやすくなるよう、袋だけでも自立し、外装を拭き取りやすい素材を配している。

臨床的な実績も出ているようだ。臨床試験を通じて検証を重ねた結果、脳卒中発症以降、介助なしではトイレに行けなかった女性が、初めて自分だけでトイレに行くことができるなど、多くの人々にとって使いやすい製品として結実している。

高齢者向けの防寒具「Coaroon」

高齢化とともに失われる身体機能のひとつに、体温調節能がある。多少の外気温の変化であれば、私たちはとくに意識せずとも身体が発汗したり、震えたり、血管の収縮・膨張をさせることで、自動的に37℃前後に体温を調整してくれる。ところが高齢化に伴い、新陳代謝機能が低下することで外気温に対する感度や体温調節能の効力が下がっていくと、そもそも気温の変化に鈍くなったり、それに対応することが難しくなっていく。

近年では気候変動により猛暑が増えたこともあり、高齢者が熱中症をきっかけに基礎疾患を重症化させたり、死亡してしまうケースが多く報告されているのも、このような体温調節能の衰えが大きな要因となっているとされる。熱中症は昔から広く知られる問題であったのに対して、以下に紹介するCoaroonプロジェクトは、昨今の地政学的情勢変化に伴う光熱費の上昇により、冬の寒さにおいても高齢者は同様に体温調節能を要因とした健康リスクが高まっている、という危機感から始まっている。

英国では、2022年4月には光熱費は前年度比で54%、同年10月には27%の上昇を見せている。夏は比較的涼しく、冬の寒さこそ対策が必要な同国においては、今後多くの高齢者が冬のあいだ適切な暖かさを保てなくなることが予想されていた。

そのような状況を踏まえ、実際に寒い季節のあいだに高齢者がどのような生活をしているのかを調査をしてみると、事実多くの高齢者が光熱費の上昇対策と節電のため、家全体のうち一室しか加熱しておらず、部屋間の移動をする際に寒さをとくに強く実感していることが分かった*3

これらの調査、さらにはフォーカスグループ(リサーチのために招集され、共通した属性を有するグループ)を対象に試作を重ねた結果、サステナブルな寝具を手がけるブランド〈Ava Innes〉が開発したのが、暖かくも動きやすい室内用のコート『Cocoon Coat』である。同社が寝具にも利用している独自の断熱素材を用いて、A型の広がりをもった形状と、足元を折り返すことのできる独自の形状などで動きやすさを担保しつつ、襟を高めにすることで、首元から隙間風が入り込むのを防ぐ形状となっている。

中年期からの性生活用バイブレーター「Tides」

Tidesは性生活におけるウェルビーイングに悩む中年期の女性に向けて開発されたバイブレーターである。

高齢化に伴う身体機能の衰えのなかでも、更年期障害は男女問わず性的機能や感覚に大きな変化を与えるものである。とくに女性の場合は代表的なものとして閉経が挙げられるが、それ以外にも性的な感覚だけでなく、精神的な影響も及ぼすことが少なくない。英国ではじつに人口の12.5%もの女性が更年期に際して性欲減退がもたらすウェルビーイングの低下を経験していると指摘されている*4, 5

中年期を新たな人生へのネクストステップとして迎えるための転換期と捉え、同年代の女性でアドバイスし合うコミュニティ、NOONが本プロダクトの制作に協力している。NOONとTidesチームによって、更年期を迎える女性向けの性的なウェルビーイングを考えるリサーチが実施された。

これらのリサーチを踏まえて生み出されたTidesは、性的な充足とウェルビーイングをゆるやかにつなぐものとしてデザインされた。具体的には、自慰だけでなくマッサージ用途にも使えるように振動の強度に幅をもたせ、柔らかな造形にデザインされている。また、その利用に際しては、一種の意味の転換が目論まれている。自慰を含めた性行為における実用性のみならず、自身の身体感覚の変化を感じ取る契機になるような、セルフケアの行為としての自慰を促すプロダクトとなっている。

高齢者向けリモートワーク環境「Out of Office」

新型コロナウイルスのパンデミックはさまざまな環境の変化をもたらしたが、そのひとつとして非正規雇用者の大量解雇が挙げられる。スーパーやレストランといった現場で働く人の多くが解雇される現象は日本でも多く見られたが、英国でもそれと同様の傾向が見られた。パンデミックが続くなかでの求職は難しく、高齢者にとってもリモートワークをする、すなわち自分の家で仕事をすることに一定程度の必然性が生まれた。

幸いにも職場からPCが貸与されたり、それを操作することができたりしても、まだ問題はある。当然ながら家は人が暮らすことを目的に設計されており、人が働くためにはできていない。そのため、生活と仕事の空間を分けることが難しかったり、照明をはじめとする家具が仕事には向いていないことが多い。さらには高齢者の場合はこまめに休憩をとり姿勢を変えたりストレッチをすること、より人間工学的に配慮の行き届いた環境を整えること、孤独にならないような協働的な働き方をすること、などが推奨され、さらにリモートワークを困難なものにしている。

若年層であればよりリモートワークに適した住宅への引越しを検討することも可能であるものの、高齢者の場合は引越し自体が困難であることに加え、自身の家で生涯をまっとうしたいという想いをもつ人も多い。そのため住み替えることなく、リモートワークに適した環境へと整える必要が生まれた。

英国ノーザンブリア大学の研究チームは、パンデミックに伴って顕在化した以上の課題とニーズを分析し、高齢者向けのリモートワークのガイドラインを作成した。そしてそれに基づくかたちで、高齢者であっても限られた空間のなかで心地よく仕事に取り組むことができるよう、柔軟性を備えたツールの検討とデザインを行っている。

ツールの検討とデザインでは、ガイドラインで掲げられているような推奨される働き方(小まめな姿勢の変更の重要性や家具のレイアウトに関する考え方など)と、実際の人々の働き方のあいだにあるギャップを分析しながら、それを架橋するような提案が行われている。例えば、高齢者と協働していくなかで明らかになったことのひとつに、さまざまな場所で働きたいものの、そうできないことの難しさがある。姿勢を変えたり休憩するために、家の中であってもいろいろなスペースで仕事をする必要がある一方で、自在に場所を移動しながら働くには照明・電気・収納をそれぞれの場所で必要とするため、実際にはそこまでの柔軟性をもった就労ができていないという。

この気づきを踏まえ、チームに加わっていたデザイン会社のPentagramは、モバイルバッテリーと自由に配置できるLED照明を兼ね備えたストレージボックスのプロトタイプをデザインした。チームでは、他にも収納可能な仕事用机なども検討しており、様々な観点から高齢者のリモートワークを支えることが目指されている。

プロジェクトでは高齢者に加え、医療・ケア領域の専門家とも協働しながら進めてられており、今後はデベロッパーかつ住宅建設組合のKarbon Homesと連携し、South Seaham Garden Villageという住宅プロジェクトの一部で、実際に家の中での検証を行っていく予定となっている。

老いることの当事者性

ここまで、高齢者に寄り添ったデザインの実践例を紹介してきた。どのプロジェクトにもインクルーシブデザインの本質が現れていたと言える。つまり、デザイナーの存在は不可欠ではあるものの、当事者たる高齢者との協働こそが活動の中心に据えられ、デザイナーはそれに寄り添うという形式を取っている。

ここから考えてみたいのは、インクルーシブデザインの手法に関する進展である。その一助として、精神疾患の分野における当事者研究というアプローチを見てみよう。これは精神疾患を抱える患者と向き合うためのアプローチのひとつである。医療側が解法を提供するのではなく、困難を抱える人が自分自身の抱える困難を研究し、それを他者と共有・対話していくことで、困難との付き合い方を考えるというのがその内容だ。このアプローチは精神疾患以外にも拡張されており、「保育」「ひきこもり」「非モテ」など、じつに様々な領域やテーマにおいて活用されている。当事者研究の第一人者としては、ソーシャルワーカーの向谷地生良氏が知られている。

インクルーシブデザインの態度を最大限推進していった先には、高齢者自身がデザインし、デザイナーはその状況を支援するといった、当事者研究的な状況が想定されるだろう。これは一見理想的なアプローチであるように思える。しかし、自身もひきこもりの経験がある上山和樹氏は、そのような当事者研究的な態度や関係性について以下のような指摘をしている。

支援する側が、ひきこもる人を「対象」として観察する。 支援される側が自分を “当事者” として、特権を享受しようとする。 双方とも、自分の目線や役割をメタに固定しています。 (中略)私たちは、お互いがお互いの「環境」であり「手続き」でもあるのですから、この社会に順応するかぎり、いつの間にかある程度は “当事者” にさせられているはずです。*6

すなわち、社会・環境をともにしていることを考えれば、デザイナー自身もある意味で高齢者の向き合う状況を生み出した当事者であると言え、まるで関係がないように中立な立場に居直ることはできないのではないか、という自戒からは逃れることができないということである。

この点を踏まえると、インクルーシブデザインのような協働的な態度によるデザインは、より有意義で適切なデザインを施すことができることだけでなく、デザイナーが他人ではない/他人ではいられなくなる、ということにも意義があるように思えてくる。振り返ってみれば、DAIのプロジェクトは、プロジェクトメンバー本人やその家族の経験に端を発するものが多い。例えば、Releaf Freedomの提案者の一人であるKeith Bindingは母親が亡くなるまでの数ヶ月間、尿失禁が母親の身体的な健康とウェルビーイング、そして彼女の介助者であった父親に与える影響を目の当たりにしたことが本プロジェクトに取り組むきっかけになったと語っている*7

ここで、DAIによるプロジェクトの展示が「Designing for our Future Selves」と題されていたことを思い起こしてみたい。DAIのディレクターであるColum Loweは、高齢者向けのデザインに取り組むことの意義について、次のように語っている。

私たちは幸運であれば、だれもがみな年老いていく。だからこそ、私たちが高齢者向けに製品やサービスをデザインしているとき、それはだれか存在しない想像上の70歳の人のためではなく、未来の自分のためでもある。自分自身が高齢者になったときに、健康的で楽しい生活を支えてくれるような製品やサービスが社会にありふれていてほしい、という自己中心的な願いからデザインをしているのだ。*8

このような考え方の有効性は、少子高齢化に限らない。近年、人々を悩ませる惑星規模の環境問題や民主主義をめぐる諸問題についても同じことが言えるだろう。新自由主義的な利己性の追求でも、かといって誰かの利他性に期待するのでもない。目の前の他者のために何かをするという利他性の先に、自身の未来を豊かにするという利己性を見出す、そんな態度でこれらの問題に臨むことはできないだろうか*9

[註]
*1
近年はデザインをさらに拡張し、多生物・多次元的な観点で人間ではないものの視点からもデザインを捉えるような試みが行われているが、こちらについては本稿では触れない。
*2
「Design Age Institute x Design Museum」Royal College of ArtのYouTubeチャンネルより。
*3
イギリスの暖房器具はほとんどの場合は温水式のセントラルヒーティング(全館集中暖房)が用いられている。これは、建物のどこか一箇所にボイラーがあり、それが各部屋のパイプをめぐり、パイプが開けられている場所のみ専用の暖房器具に温水が流れ込み、暖かくなる方式であるが、温水を使っている関係からガスの消費量が多いことや、部屋がすぐには温まりづらい。これらの背景も相まって、日本よりも暖房利用への心理的・経済的障壁は高い。
*4
デザイン誌DezeenによるTidesのデザイナーへのインタビューより。
*5
研究の出典は示されていないが、スコットランドの国民健康情報サービスは同様の数字を示している。
*6
「メタ言説への、解離的な居直り」
*7
「Releaf Freedom(Runner Up Health & Wellness Award Core77 Design Awards 2022)」
*8
「Design Age Institute x Design Museum」Royal College of ArtのYouTubeチャンネルより。筆者による試訳
*9
小松理虔氏、藤谷悠氏は、このようなあり方について「共事者」という思考で読み解きを試みている。他方で、本稿では当事者/共事者という構造だけでなく、経済的合理性や持続性をも踏まえたかたちでも、これらの関係性・構造を考えるための思考実験であったと言える。

[参考文献]

£1 million donation from the Helen Hamlyn Trust marks a new chapter for the Helen Hamlyn Centre for Design and its new home in Battersea (Royal College of Art)

About Us (Coaroon)

Designing homes that are fit for the future (Northumbria University)

New Old review – everything you need for a techno-utopian retirement (The Guardian)

●Nigel Cross, “Designerly ways of knowing”, Springer, 2006

Staying warm at home naturally (Coaroon)

Tides (Cellule Studio)

Tides (YouTube)

WDO世界デザイン会議東京2023報告書

更年期とはいつから?(NHK みんなでプラス)

当事者研究ネットワーク

熱中症関連情報(厚生労働省)


藤吉賢
ふじよし・けん/慶應義塾大学卒業後、英国王立芸術大学院にてイノベーションデザインエンジニアリング修士課程修了。2019年にデザインイノベーションファームTakramのロンドンスタジオに参加し、2020年より東京スタジオへと拠点を移す。Takramにおいてはブランディングやイノベーションにまつわるデザインプロジェクトに広く従事し、デザインの観点でのリサーチや分析を行っている。